ふと思った
比較って自分を基準にしてるものでなく
相手を基準にしてる
いや、ごめん
私だけかもだけど!笑
だから相手を基準に
自分にそれがあるとかないとか
充足か不足かを見てモヤッとする
私はそれが姉だった
大好きで大好きで
まるで教祖
彼女が言うことは絶対だと思ってきたし
逸れたら自分を責めた
彼女が正しい
彼女が一番美しい
彼女が一番成功する
だから彼女のようにならないと
そればっかりだった
今は?
今は自分が基準
だからそれがあってもなくても
私
それがないからって責めなくていい
むしろないことも個性
できない自分を責めるんじゃなくて
できないことが個性であることを
私自身が認めたらいいのか
ハイヤーセルフやソースは
私自身のことをそれはそれはかわいいと
何よりも可愛く愛しく全てを許容してくれる
誰よりも強い味方で応援団だと
そう解釈してるんだけど
それってすごい愛
できなくても褒めてくれる
自分が子供に褒める以上に
醜くても汚くても愛してくれる
自分自身がありのままを愛せないのに
そんな醜いと思ってるありのままを
さらに大きい心で包んでくれる
そんな絶対的な存在がいるって
それを知ってるだけで得してる
孤独を感じる必要もない
誰から認められる必要もない
気付いてないだけでサポートしてくれてた
ワンオペワンオペって思ってたけど
ハイヤーセルフやソースがいるって考えると
子育て何百人体制!?
自分の子供かわいいと思うんだもん
ハイヤーセルフからしたら
もっともっともっとかわいいよなと思うと
たくさん愛情もらってる子供達に
不思議と自信がつく
私は私だけど
人生の選択は私で
責任は私にあるけど
でも1人じゃないのねって
何が正しいなんていらない
私がそう思ったら正解
きっと今ハイヤーセルフ達も
正解!ってみんなでハイタッチしてる
そんなとこ想像するとさらに愛しい
これで合ってるかなー?なんて
みんな考えるんだなって
友人と話して思った
でもね
全部正解
結果今の道も結果今の決断も
きっと起こるべくして起きて
それがきっと何かに繋がる
もはや正しいなんて
そんな概念必要ないのかもね