おはようございます。

パピヨンです。


今月26日が24回目の誕生日の
パピヨンです。



10月も半分過ぎてしまいましたね。
つまり、今年も残すところ2ヶ月と半分。


年齢を重ねるに連れて、
時間の経過が早く感じますね。


去年は、1年/22年だったのが、
今年は、1年/23年になったので、
当たり前っちゃ当たり前なんですけどね。

この理屈分かります?


プラス、今年は色々有ったので余計にあっという間に過ぎていった様に感じます。




10月は誕生月だからという理由だけでなく、好きな月です。


すごしやすい気候とか、
年末になって慌ただしくなる前のゆったりした雰囲気とか、
面白い映画もこの時期、公開が多かったり、

個人的に観たいのは
『猿の惑星-創世期-』
『セカンドバージン』
『夜明けの街』
『怪物くん』
『一命』etc…


後は、におい。

金木犀のにおいが大好きです。

昨日みたいな大雨でいっきに散ってしまって、
木の下だけオレンジ色に染まる感じとかも。
掃除とか大変そうですけどね…。
とにかく、金木犀が好きです。


というわけで、
金木犀の花言葉を調べてみました。

『謙虚』
『謙遜』
『真実』
『真実の愛』
『初恋』
『陶酔』

だそうです。

何かいい感じじゃないですか!?


24歳を前に今日からの人生の参考にでもしてみましょうか。



『常に謙虚に』



『真実の愛を求めて』




陶酔…

陶酔…

陶酔…。


意味:①気持ちよく酒に酔うこと。
   ②心を奪われうっとりすること。



………。

『お酒は適度に!!』


こんな感じで、
とにかくHAPPYな人生を送れる様に、
日々すごしていきたいと思う今日この頃でした。






余談。

『初恋』
初恋は小学校2年生の時のクラスメイトの、塗り絵が上手な花子ちゃんでした。
3年生に上がると同時に転校して行っちゃいました。


余談②。

このblogは歴代最短時間で書きました。





















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blogタイトルと内容の関連が分かりにくいと不評のパピヨンです。

えっと、
あえて分かりにくくと言いますか、
僕なりにしっかり意味があるタイトルなんですがね…。

お付き合い下さい。
解説は随時受け付けておりますので。


今回はサブタイトを付けます。
題して
『恋についての考察-HAPPYな恋の仕方について(女性編)-』。
長っむかっ…等のクレームは受け付けていません。悪しからず。


恋愛において何をもってHAPPYと感じるかは人それぞれだと思います。

『愛されてると実感するとき』

『愛してると実感するとき』

『精神的に支えられたとき』

『一緒に居て成長できたとき』

『単純に、一緒に居て楽しいと感じるとき』etc…



何だって構いませんが、重要なのは
『HAPPYとは相手から貰うものではない』ということ。

HAPPYとは感情です。
自分の内側から沸いてくるもの。
相手の行為などで引き出されたとしても、それは“きっかけ”に過ぎません。

例えば、抱擁。
恋人からのバグはHAPPYを感じますよね。
ただ、常にという訳ではありません。

気温35度、湿度80㌫、無風。
そんな屋外で熱い抱擁。
ある意味ゾッとします。

逆に、真冬の寒空の下の待ち合わせ。
やっときた彼氏からの抱擁。
暖かさを感じるのは体よりも心ではないですか。

当たり前だろうって!?
そうですよね。
conditionによって、相手の愛情表現をHAPPYと感じたり鬱陶しいと感じたり。
相手は貴女の事が愛しくて抱きしめてくれてるのに、時と場合によって貴女は鬱陶しく感じる。

あぁ、何て自分勝手。

ですが、自分勝手で結構じゃないですか


貴女がその人と一緒に居るのは誰の為なんですか?
誰のHAPPYの為なんですか?
貴女自身ではないんですか?

なら、大いに自分勝手を貫けばイイんじゃないですか。


ここで一旦、自分の話をします。
僕は恋愛において相手をHAPPYにしたい。
相手のHAPPYを一番に考えたい。

そうすることで、
相手のHAPPYな表情や姿を見て、僕はHAPPYになります。
自分のHAPPYの為に相手をHAPPYにする。

更に、

僕と居てHAPPYになってもらいたい。
この気持ちはもっと自己中な考えからきています。

僕と居てHAPPYを相手が感じないと、一緒に居てもらえなくなるじゃないですか。

それは困る。

僕は大好きだから一緒居たい。
相手にもそう思ってもらいたい。
だから、
僕は貴女に出来るだけたくさんのHAPPYをあげたい。
ちゃんとホンモノのHAPPYを。




そろそろ、キレイゴトは止めませんか。

貴女が相手の為だと言ってする何かは、
例えばそれが“我慢”だとしても…
それは、本当に相手の為なのでしょうか。

『好きでい続けてもらいたい』
『離れたくない』
『嫌われたくない』
『重いと思われたくない』etc…

そんな自分勝手な思いが1カケラも混ざっていない行為なんですか。

キレイゴト言って、
つまり、自分に嘘をついているから

『私はこれだけしているのに』
『私ばっかりが我慢して』
『私はこんなに想っているのに』etc…

なんて勘違いするんじゃないでしょうか。



浮気やウソを我慢したり、許したり。
会えない時間を耐えたり。
自由に会えない不満を打ち明ずにいること。

何の為にそこまでするのですか。
誰の為の行為なんですか。


出来ない、しないコトもできるのに…。

貴女はすることを選んだ。
何回も聞きます。
一体、誰の為に?


そう。
貴女は“選んだ”んですよ。
その相手を。
貴女が選ばれたんじゃない。
その人と一緒に居ることを貴女が選んだんじゃないですか。
自分で選んだくせに相手にHAPPYにしてもらおうなんて…。

貴女が選んだ相手と一緒に居ること。

それ以上のHAPPYなんかない。


ただ、常に“選ぶ”権利は貴女のものです。
いつかに選んだ相手と一緒に居てもHAPPYじゃないと感じたら、HAPPYを感じなくなったら別れを“選べ”ばイイ。

HAPPYじゃないことを相手のせいにしてはいけない。



極論。
本当にその相手じゃないとHAPPYになれませんか。
そう感じているなら、貴女の全てをもってその相手が貴女から離れていかない様にすればイイ。

そんなことない。
と思うなら、そこまでする必要はない。




熱くなってしまっていました。
簡潔にいいましょう。
『自分のHAPPYは自分でつくる』


最初に言いましたけど、
HAPPYと何で感じるかなんて人それぞれ。
むしろ、自分でも100㌫理解なんてできていない。
だったら尚更、自分をHAPPYにできるのは自分しかいません。



少し話を戻して…、

我慢。
努力。
献身。

貴女が相手の為だと思ってしているそれらは、本当は誰の為なんですか。

本当に相手の為だと言い切るなら、

見返りを求めるな。
伝わらないことを嘆くな。
利用されることを恐れるな。
何されても構わないだろ。


違うなら、
自分のHAPPYの為なら、

見返りは“一緒に居てくれること”。
それ以上求めるのはloveじゃない。

伝わらないのは足りないから。
伝えたいなら、工夫と更なる努力を。

利用されてるなら、気付いた時点で
『さよなら』を。
利用されてようが、一緒に居たいならそれでもイイんじゃないですか。


キレイゴト言ってるから、
自分が本当に何を求めているかがワカラナクナルんです。



大人でしょ!?

逆に大人だから自分に正直なれない!?
過去に恋愛で傷付いたから!?
んな、もう人を好きになるのを忘れたんですか?

違う。
ちゃんと好きになったんでしょう。
色んなもん踏み越えて。


初恋やろうが、
100人目やろうが、
一目惚れやろうが、
未来があろうが、なかろうが、
不倫やろうが、
バツイチやろうが、
歳の差があろうがなかろうが、
婚外恋愛やろうが、
20代やろうが、
30代やろうが、
40代やろうが、
ガキやろうがなんやろうが、
ロミオとジュリエットやろうが、

“好き”って気持ちは一緒ちゃうの?

『お前には分からん事情が色々…』

その事情を踏み越える気ぃも、つもりも最初からないんやったらもっとお気楽にやったらイイやん。


恋愛より大事なものがあるんやったら。
そっちを優先せなアカンのやったら、それなりにしといたらイイやん。

それ位、AKBでもやってはりますよ。


どんな事情があっても、割り切れない感情なら覚悟したらどうですか。





繰り返し。
することを選んだ貴女、
キレイゴトは止めませんか。

『自分の好きな人に好きでいてもらう』

そんな簡単なことじゃない。

奇跡levelの出来事やと思うし、
こんなHAPPYは他にはない。

だったら、何でもできるでしょう。



我ながら、冷静さを欠いていますねぇ…。



ぶっちゃけると、
『ホンマに好きなん?』
って疑問。
で、少しイライラ…。








質問。
自分が気持ちイイ、エッチ。
相手が気持ちイイ、エッチ。
ホンマに好きな相手とするとして、HAPPYを感じるのはどっち?
 


さて、終わりが見えなくなって参りましたので無理矢理終わらせようと思います。

お付き合い頂いた方、ありがとうございました。


Let's love ,and make you Happy by myself.







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こんばんは。
パピヨンです。
またまた、ご無沙汰になっとります。
周りに『書け書け』言われたので書きます。

と、意気込んだblogは下書きに保存中あせる
意気込み過ぎたのか、まとまりなくなってしまいました。

coming soonグッド!


なので、一から別の内容を書くとします。



『傷付いた分だけ人は強くなれる』

『七転び八起き』

etc…

こんな感じの、格言や慣用句は好きじゃありません。

いつか子どもができたり、大切な誰かに励ましの言葉として、こんなことは言いたくありません。

傷付いたり、失敗したり、挫折や迷い立ち止まる。
生きてて当たり前の様に起こりうる負の出来事。

『傷付いた分だけ人は強くなれる』
大切な人にそんな言葉をかけるのは、守れなかった自分に対する言い訳。
そう感じてしまいます。

大切な人が傷付かない様に。
大切な人が傷ついたら、守ってあげれなかった自分を悔やみ、
二度と傷付く事が無いように誓いを立てる。

それは、
相手の成長を妨げ、自立を邪魔する行動。

エゴなのは自覚しています。

大切な人自身の為に、
時にその人が傷付いたり、失敗したりするのも必要。

理解しています。



要はスタンスの話。


傷付いた時には、傷を癒し、
失敗した時には、フォローし、
立ち止まる時には、手を引き、
迷う時には、道を示す。

この世で唯一の大切な人には、
そうしてたい。


『傷付いた分だけ人は強くなれる』

強くなんかなくてイイ。
今のままで十分、欠け換えのない存在なんだから。


でも、理想。
所詮、どんなに大切に思っていても、
守れない。
力ない自分自身のに嘆く毎日。
立てた誓いを裏切って、自己嫌悪。
それどころか、助けられるありさま。

そんな自分が大嫌いで、
でも、
こんな自分を好きだって言ってくれるあなたが何より大好きです。



少しでも応えたくて、

傷は癒せなくても
傷付いた時には、傷を労り、
フォローは出来なくても
失敗した時には、共に頭を抱えて、
手は引いてあげれないけど
立ち止まる時には、僕も立ち止まろう。
正しい道は知らなくても
迷う時には、隣に居たい。
不安が安らぐように…。


今はソレしかできない。

願わくば、
いつかあなたを守れる様になるその日まで、あなたが隣に居てくれます様に…。


独り言ならぬ、
独り“戯言”。

と、言いつつ誰かに届くように書く卑怯な自分。



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