聖書にも、ヘブライ人が砂漠で過ごした原風景が、ふんだんに描かれている。多数の登場人物がヘブライ人なのか、アラブ人なのか区別がつかない。例えば、アブラハムの息子の、イサクの双子の息子の、ヤコブの兄エサウの息子たちのほとんどは、アラブ人だ(『創世記』三六章一〇―一四節、歴代誌上一章三五―三七節)。

 同胞に乱暴を働いていたエジプト人を殺したモーセは、アラビア半島の北西部に逃れ、そこの祭司の娘と結婚した。祭司の羊の群れを追っていたモーセはある時、神の山ホレブに登って主であるヤハウェと契約した。すなわち、モーセを召命したのはミディアン人、北アラビア人の部族神だった(『出エジプト記』三章一節)。

 『ヨブ記』の主人公ヨブは、明らかにアラブ人のアイユーブ(ヨブのアラビア語名)だった。神はサタンに唆されて、ヨブに信仰を試す試練を課した。主は最初の試練で、シェバ人、カルデア人にヨブを襲わせてラクダ、羊、ロバほかの全財産を奪った。カルデア人は、前十一世紀ころ北東アラビアから南メソポタミアに侵入したセム族である。シェバは、南アラビア語を話したイエメンのサバ人で、彼らの王の一人は、知恵者ソロモンを試そうとしてエルサレムにやって来たシェバの女王である。

 義の人ヨブは、アラビアの砂漠にいて、北と南の部族によって略奪されたのだ。

 中世ユダヤ人聖書学者イブン・エズラと、近世ユダヤ人哲学者スピノザは、『ヨブ記』はヘブライ語以外の言葉から翻訳されたもの、と考えている。