心理学や成功哲学の書籍などを読んで、「なるほど」と納得し、確かにその通りにすれば人生がうまくいきそうな気がする、といったことはよくある。


そしてそれを日常で試してみる。しかし、なかなか状況が好転しない。本に書いてあるとおりには進まない。そのような人が多いのではないだろうか。


それは一つには、心理学や成功哲学では、人生における成功を阻害する根本原因を解決することはなかなかできないからである。


私たちは、生まれたとき、すでにある程度性格が決まっている。そしてそれは多くの場合、容姿と同様、両親や祖父母などに似ている。その一方で、双子でも、性格は当初から異なっていたりする。


これは、私たちの潜在意識に、先祖代々からの記憶や前世の記憶などが織り込まれており、性格や気質などは、その記憶によって形作られているものだからだ。


心理学や成功哲学で、この部分まで大きく手をつけることは難しい。こうした記憶は意識化しにくく、かつ、非常に膨大なものであるからだ。


これを変えるには、私たちの一番奥深いところに内在している集合的無意識(宇宙意識、真我)を引き出していくことである。この意識を引き出すと、魂のそこから深い感謝や喜びを感じる。


そのとき、それより浅いところにあった記憶である根本原因が根こそぎ変わっていくのである。


佐藤康行氏は、その手法を開発し、多くの人の人生を、大きく好転させてきている。

心の病にも有効であり、うつ病の寛解率は90%以上とのことである。



ある日、両親と私とで食事をしていた際、ふと母が、私と父の顔立ちがさらに似てきたと言いだした。


父はそれを聞いて、「お父さんと似ているんだったら、もっと頭が良いはずなのになあ」とつぶやいた。


私はその言葉にとても傷ついた。私はその時、大学受験に失敗したばかりで失意の中にいたのである。


しかし、私は、その後気を取り直し、翌年の受験のため、再び勉強に励んだ。そして翌年、志望していた大学に無事合格した。


良い結果を残すことはできたものの、父が失意の中にいる私に放った言葉は、ずっと心に残り続けた。


父の何気ない一言に傷ついた経験は、この他にも、幼少の頃から多数あり、いつしか私にとっての父は、自分の人生に影を落とす存在となり、恨むべき存在となっていた。


ところがある日、真我(集合的無意識、本当の自分)を体感するセミナーの中で自らの心を深く深く掘っていき、それが透明になった時、その言葉を放った時の父の姿から、「頑張るんだ頑張るんだ」という声が聞こえてきた。


それが父の本音だったのである。

もし父のあの厳しい一言がなかったら、私は、あまり真剣になって勉強することはなく志望大学には合格できなかったかもしれない。


父は、私をけなしたかったのではない。私に恨まれようと、私を奮い立たせるべく、厳しい態度で接してくれたに違いないのである。そしてそれはきっと、真に私のことを愛してくれている、父だからこそできたことなのである。









心の学校を主宰する佐藤康行先生が開発した、真我(本当の自分、神意識、集合的無意識)を自覚する方法に「未来内観」という手法がある。


これは、死の間際という人生の最終地点から、自分の人生を見ていくというものだ。臨死体験を心の中で経験する手法とも言える。


死を迎えるとき、「良い人生だった、幸せな人生だった、良い人達に恵まれた人生だった」と、誰もがそのように思いたいだろう。


未来内観では、今がどのような状況であろうと、最高の人生を生き切ったとの前提で、自分の人生を死の時点から振り返って眺めるのである。


その時、自分の人生にとって何が最も大切なことなのかが浮き彫りになる。悔いの無い一生を生き切るためには何をすべきかが見えてくる。


それが真の使命を発見する大きな手掛かりになる。


真の使命は、人生全体という大きな目から見たとき、人生を、先祖から受け継いだ命、子孫に引き継いでいく命として捉えて見たとき、さらに明確になっていく。


そして、その見えてきた使命を、実際の日常の中で実践し、果たしていく。それが、現実の「最高の人生」を生き切ることにつながるのであろう。


これをズレずにブレずにやっていく。それが日々の課題である。