って言われると見たくなりますよね
いや、これはブログ見させるための工作ではなくて
今回はこの「見るな!」と言われるとみたくなるのは何故か?
というのを説明したいと思います。
昔話でよくある
Tさん「決してて覗いてはなりませぬ」
Gさん「(ええいうるさい見てしまえ気になって仕方がないのでおま)」
「見るな」と言われたなら主人公は100%見るはずです。
読んでいる側も「どうなるんだ?早く覗け」と、そのシーンに興味を惹かれる。
このように好奇心からくる反発心を「心理的リアクタンス」という。
やめろと言われればやりたくなる。アマノジャクだけの特性ではない、どんな人にも存在する性質だ。
児童心理学では、「禁じられたおもちゃ」にどれだけ児童が興味を示すかという実験が繰り返し行われている。
ここに、たくさんのおもちゃがある。

とある児童に
「このおもちゃでは絶対に遊んじゃダメだよ」と言う。

※独断と偏見で選びました
しかし、どこかに遠ざけるわけでもなく、他のおもちゃと一緒にし、しばらく児童に自由に遊んでもらい、それを観察する。


すると、禁じられたおもちゃをチラチラ見るものの、遊ぶ児童はほとんどいなかった。
懸命に我慢するケースが多かった。
そしてその後。「もうどのおもちゃで遊んでもいいよ」と禁止を解くと、児童は一目散に禁じられたおもちゃに走り寄った。

さらに数日後、「あのおもちゃで一番欲しいのあげるよ」と言うと
全員が例外無く禁じられたおもちゃを指差すという分かり易い心理的リアクタンスが観察できるのである。


「ダメ」と言われるほど興味が湧く。しかも、それが魅力的に見えて仕方が無い。児童という年齢でも、これはもう本能として備わっているのだろう。
そう、本能なのだ。
じゃあ人間は何に反発したいのか?
人間に限らず、高等な霊長類は
「自分の事は自分で律したい」
という生得的本能を遺伝子レベルで持っていると言われている。
自分に関することは自分で決めたい。
好きも嫌いも接近も回避も。
これを自己効力感と言う。
それを特に人間は強く持って生まれてくるのだ。
だからこそ人間は好き嫌いや、得意不得意を自分で判断し、能動性を持って自発的に学び働く。
結果として高度な創造的な文化を築く事がたのではないだろうか。
人間にとって
自己効力感を保つこと=人間らしく生きる
と行っても過言ではない。
だから、
「これはダメだ!」
と言われると
「なんとか失われた自己効力感を回復しなければならない!自分で判断、選択したい!」
という衝動が沸き上がってしまう。
その結果
「私はこれが好きだ!」「これがしたい!」
とムキに自己主張したくなるのだ。
心理的リアクタンスの正体、それは"自己効力感"という人としての"能動性"を持って生きたいと願う隠された欲求なのだろう。
A「見るな!」
B「見るなと言われたら見たくなる!」
A「なんでだよ!ふざけんな!」
B「何故なら人間らしく生きたいから!」
なーんて急にデカイ話になるからこんなことは言わないようにしましょう....
