私は、スポーツするのも、見るのも、話すのも好きじゃない。プロフェッショナルスポーツが世の中の何の役に立つのか分からない。なんかブルジョワの遊びって感じがして、興味ないどころが、あまり好きじゃない。

でもなぜか応援したくなる運動選手が何人かいる。
松井と、松坂と、Qちゃん。松井と松坂は、アメリカでがんばってるって言うのもあると思うけど、やっぱり、外国で活躍するのは、かなりの孤独が付きまとうと思う。なんか、きっと彼らも孤独と戦って、それで、あれだけ活躍できるのはすごいなと思う。
マラソン選手も尊敬する。なんであんな苦しいだけのスポーツを自ら選んでやるんだろう?しかも、孤独中の孤独なスポーツ。きっと、自分のとの戦いだけの世界って感じがする。

孤独と戦ってるような気がして、共感を覚える。私の生活もマラソンみたいなものだし。苦しくても、休めない、休んだら明日がもっと最悪なことになる。体力と、知力とあと孤独との戦い。

でも、スポーツ選手で、ブランド品いっぱいつけてるのを見るを、一気にがっかりする。やっぱり、貧しい人が、安い給料で作った物を買いあさって、ブルジョワだ、と思う。あれ、私いつの間にマルクス主義になってるんだ?

あまりにも他の人のこと気にしたり、競争心だしたり、それでいらいらしたり、周りからの評価ばっかり考えてると、自分の目的を失う。なんで、自分はこの道を選んだのか、何で勉強したかったのか、なんでこの学問の世界に入りたかったのか。

始めはこんな人生送るなんて、想像もしていなかった。
でも一度この世界を知ったとき、これ以外の道は考えられなくなった。一度この考え方を学んだら、これ以外の道で生きていくのはむしろ難しいと思った。

この年になって、なんか金銭面とか、食生活とか情けない生活だな、とか思うけど、たまに出会う、今まで考えていなかった見方、理論に出会うときの感動と興奮は、何にも変えられない。そう、楽しいんだよ。

私は、学ぶのが好きだ、考えるのが好きだ、他の道はいまさら考えられない。競争をするためにこの世界にきたんじゃない、褒められるためにきたんじゃない、尊敬されるためにきたんじゃない、かっこつけるためにきたんじゃない。
ただ単に、自分のあり方を見つけたから、ここにたどり着いたんだ。まだまだ長ーい道だけど。
これは私の mode of being だ。
よし、これで、1週間ぐらいは心が安定してるかな?
私は遅れている。他の学生より遅れている。一方で、第二ヶ国語でやってるんだから遅れてて当たり前と思いつつ、また、負けたくない、遅れたくないという気持ちもある。
100冊の本をスキムするより、30冊の本を染み付くほど頭に入れたい。
今焦って、大したことない論文発表するより、3年後にすばらしい論文を発表したい。
今、誰も私の研究知らなくても、6年後に私の名前を知っている人がいればいい。
いま、頭悪くて、いっぱい質問しても、10年後にちゃんとした議論ができるようになればいい。

でもこれが正しいか自身ない。そういう時は他の学生に会いたくない。自分の遅れを実感するから。