四本モエ『よつモード』

四本モエ『よつモード』

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15分程度、
近所の住宅地を散歩した。


音を聴いてみた。


地面や、夜空や、
景色は視界にあるだけ。
(もちろん
    目を止めるものはあった。)


音は、

「鳴」より「動」。


音が動いているのと
私たちが生きているのは
同じことだと思った。


「音が鳴る」より「音が動く」

ではなく

            「鳴」より「動」


こう表記したのには
ある意味がある。


音が鳴っていないことも
音が鳴っているというふうに
捉えたのだ。


無音、
確かに聴覚に入ってくる
音は限られている。


しかし、
どの音にも


強弱や、抑揚や、感情、
もしくはオーケストラ等で
音が無いところに
何かを感じないだろうか。


今日聴いた音
これまで聞いてきた音


作り出された音でも
自然の音でも
音だったらなんでもいい。


好きな音
穏やかな音


周囲にある音が
そんな音であるのなら
どれだけ幸せなんだろう。


散歩中に深く思った。
それと同時に


人の声
人混みの騒音


聞きたくない。
そう強く思った。


今は…
田舎じゃなくていい。
大自然じゃなくていい。


通学路に、
帰路にあるような
道端の土になりたい。


その上には
草が生え、花が開いており
昼にも夜にも虫が止まる。

道を通るヒトの声

時々通る車の音
タイヤの擦れる音
目の前に駐車する音
向かってくる音
去っていく音
ドアが開閉する音

そんな音が、
空気からも地面からも
振動して伝わってくる。


今はそんな音が何よりもの平穏だ。
私にとっての幸せな音だ。


そうこう考えながら
帰宅して音楽用語辞典を開いた。


音は表現のひとつ。


音楽用語のいい例が
『のだめカンタービレ』
(歌うように)


人は歌うように
生きることができるし
人は歌うように
音を奏でることができる。


他にももっと
(例えばかわいらしく)
なんていうものもあるけれど


無い音、休符。


無い音が鳴っていて
動いている音なんだと、

なんだか矛盾していて
めちゃくちゃだけど、
そう思った。絶対そうだ。


音楽家たちが
何のために、誰のために
何を伝えようと
何故、音に乗せてきたのか
わかったような気がした。


耳がきこえない方も
色々な無い音に
音を感じているんではないだろうか。
(そうだといいな)


ちなみに私が好きな音楽用語は
「espressivo エスプレッシーヴォ」
(表情を豊かに,感情を込めて)

この音楽用語は
中学の選択授業で絵本を作成した時
表紙の中に書き入れたもの。





悲愴な曲も、
味があっていいね。



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