なかなかブログを書く時間がなくて遠ざかってしまってました。またちょこちょこ書いて行こうと思います。
2024年11月、2人目を出産しました。
生まれたばかりの赤ちゃんを持った助産師さんが私たちの元へきて最初に言った言葉は、
「この子、耳に奇形があって、耳の穴がないみたい、、」
まさか、自分に障害のある子供ができるなんて夢にも思わなかったので、その言葉を受け止められず
「え?はぁ、、」なんて他人事みたいに返事したのを覚えています。
その日の夜は赤ちゃんは新生児室、私は自分の部屋で最後の1人で寝る日だからゆっくり寝よう、なんて朝まで思っていたのに
「耳の穴がないってどういうこと・・・?」
そんな思いがぐるぐる頭をめぐりほとんど寝られず朝になりました。
次の日、新生児用ベッドでやってきた我が子を見て、
「なんで小さくてかわいいんだ・・・すやすや寝てるんだな・・・」
と思うと同時に
「本当に耳の穴、ないんだ・・・」
現実を見て絶望しました。
元気に生まれてきてくれたらそれでいいと思ってたのに。それがすでにエゴだったんだなと思い知らされました。
入院中はついずっと検索してしまう。
「赤ちゃん 耳の穴 ない」
「赤ちゃん 耳の奇形」
こんな感じの似たような文字列が検索履歴にブワッと並べられて、いや気にしすぎだ、穴がないだけだ
そう思ったり
でももしかしたら耳の構造自体に問題があるのかも、
体に不備がある状態で産んでしまったのは私のせいだ・・・、音はちゃんと聞こえるの?、言葉は話せるようになるの?
産婦人科の先生に聞いても専門外でわからないことばかり考えて・・・
こんなに可愛いのに、健康で生まれてくれたのに、急に目の前から進むべき道が見えなくなったようでつらくて悲しかった。
どうしてあげたらいいの?
何をしてあげられるの?
ずっと答えを探して検索し続けていました。
産婦人科の先生も、そこに定期的にきてくれる小児科の先生に聞いてもわからない。
誰が助けてくれるの?
誰に聞いたらいいの?
耳が悪い子も、目が悪い子も、よく見かけるけどまさか、自分が当事者になると思わなかった。
奢っていたんだ、と気付かされた。
どんな子でもいい、その思いには「普通であれば」という前提があったこと。
そういう障害を持つ子がどんな過程を経て一緒の小学校や中学校に通っていたかなんて想像もしなかった。
自分は身体的に「普通」だったから。
続きます。