保育園落ちた日本死ね
ニュースでも
毎日のように取り上げられてるブログ。
このブログの影響もあって待機児童問題が
見直されて保育士の待遇も改善に向けて
政策が進められようとしているみたいな。
細かいことまでちゃんと理解してなくて
申しわけないけど、すごく考えさせられる
と思ったからブログに書いてみます。
昨日、図書館戦争the last mission
をみました。(映画館でも見たから2回目)
図書館戦争のあらすじを知らない人には
分かりにくいかも知れないけど
簡潔に、ほんとうに簡潔に説明すると
不適切な表現の含まれる図書を検閲する
「良化隊」と
表現の自由を守る「図書隊」の戦いを
描いた作品です。
その中で
「なぜ良化隊が生まれたと思う?
それはこの世が悪意ある言葉で
満ちていたからだ」というニュアンスの
セリフがあった。
本来はそれぞれの気持ち感情かんがえを
自由に表現するためにある言葉。
その言葉は何かを変える力がある。
何かを変えようとして
何かを伝えようとして
発されたものが「言葉」だと思う。
保育園落ちた日本死ねもその1例だと
思ってます。この衝撃的なタイトルが
世間で話題を呼び、マスコミに取り上げられ
ニュースで放送され、政治に反映された。
このまま政策が進められて
待機児童問題が解消にむかえば
たくさんの人が
生活が楽になって幸せになる、きっと。
でもこのブログのタイトルには
賛否両論あるのもまた事実で、
母親である人間が死ねなんて言葉を
使っちゃいけないって考える人も
もちろんいると思う。
うちの家族もそっち側意見の人間だから
あのブログを取り上げたニュースを見るたび
そういう感想をもらしてる。
言葉には影響力がある。逆に考えると
何らかの影響を期待して発するのが言葉。
だからこそ、悪意ある言葉を発しては
いけないし、それがいずれ
自分たちの自由を奪っていくということを
忘れてはいけないと思う。
表現の自由でしょ?
といいながら悪意ある言葉を振りかざす人。
表現の自由でしょ?
といいながら人の言葉に無関心な人。
こうなってしまうと言葉っていったい
なんなのかわからなくなる。
みんなが同じ考え方をする世界なんて
気持ち悪い。
だから言葉で自分の考え方を誰かに伝えて
お互いの考え方の世界を広げて
いろんな人の気持ちを受け入れられる強さを
身につけていく。
保育園落ちた日本死ね
について賛否両論あるのは素敵なこと。
考えることと関心を持つことが
表現の自由をまもることだってことを
このタイトルが教えてくれた気がしました。
おしまい。
