祖父が亡くなった。

同居していなかった、時々会う方の祖父。

最近は、「もう年だから、次会えるかわからんけん」と言い、こんな年になった孫にもお小遣いをくれようとする。

老人ホームに入所してからは、「手元にお金がないから、あげられんでごめん」と申し訳なさそうな顔が印象に残った。

私は、会いに行っただけで、顔をみるだけで、お話するだけでいいのに、なんでいつもこんなふうに言うんだろうって、まだ一人前に見てもらってないんだなあ、なんて思ったりしてた。

早口で方言もきついから、うまく聞き取れずに、聞き返したり、よくわからなくてうなずいたりしてる私だったけど、嬉しそうにお話してくれてた。


亡くなったって聞いて、

あれは愛だったんだなぁ❤️
って気づいた。
ただただ愛❤️❤️❤️

祖父の愛をただ受け取ってたんだ。

ちょっと自分を表現するのが不器用なところがあったけど。

ありがとう、おじいちゃん❤️


そして、葬儀。

父方の祖父が亡くなった前後、ものすごくガタガタして、嫌なことがいっぱいあって、親戚づきあいなんて最悪って、思ってた。

でも、今回、お葬式とか法事って、遺された人たちのためにあるんだなぁって思った。
親戚やご縁のある人たちが集って、ひ孫たちがわちゃわちゃ遊んで走り回って、そんなところを、ニコニコ見てる祖父が見えたような気がした。
ご縁を繋いでくれている。
なんて、あったかいんだろう。


今回は、「こんなことしたらどう思われるんだろう」をできるだけ考えないようにしてる。

迷惑だから、よりも、自分ができるだけ快適にすごせるには?って自分に聞いてる。

父方の祖父の葬儀の前後、責められまくった(ように感じた)自分。

今回は子どもがいるから、っていうのもあるかもしれないし、同居していなかったっていうのもあるかもしれないけど、祖父の愛を感じられて嬉しかった✨

父方の祖父のことも、あのゴタゴタぬきで、思い出したい。

同居してたから、いろいろあったし、うるさかったし、でも本当に可愛がってもらった。

素直に愛を受け取れる自分になりたい。
いや、受けとるって決めた。

大丈夫大丈夫。
どんな自分でも大丈夫。

何もできなくても、気がきかなくても、そこにいるだけで大丈夫。