彼は本当は、誰かに作られたロボットではないのか、と思うときがある。

 いつでもひんやりとしている指先、どんなときでも微笑んでいる顔、わたしをすべて受け入れてしまう彼自身が、精密な機械ではないのかと疑ってしまう瞬間が多々ある。

 ふいにそう思ってしまうとき、わたしはたまらなく怖くなってしまう。彼のわたしに対する想い、好きという言葉、それらがすべて、作り物だったのなら。

「伊桜、何か飲む?」

 彼がソファーから立ち上がった。隣にあった体温が離れる。わたしは縋るように彼を見上げた。待って、その言葉は、呼吸とともに融ける。


 わたしは嘉向くんが好き、彼もわたしを好き、嘉向くんはわたしを絶対に裏切らない、嘉向くんはわたしから離れない、嘉向くんはわたしを好き――

 呪文のように繰り返す。嘉向くんはわたしを好き。わたしも彼が好き。

 わたしは彼が好き。わたしは彼だけを好き。わたしは彼が大好き。

 でも、嘉向くんは……

 ほんとうにわたしだけを、すき?


 ひゅうっ、と喉の鳴る音がして、わたしは我に返ると同時に、ぱっと手を放した。わたしは――わたしは、何をしていたの? 信じられない思いで、必死に喘ぐ彼を見下ろす。手にはまだ、嘉向くんの細い首筋の感触が鮮明に残っていて、彼の困惑したような瞳と目が合った瞬間に、ぼろり、と涙がこぼれた。

「か……かなた、くん……?」

 彼の頚動脈にそっと触れ、やや荒々しいながらも脈動を感じて、生きてた、と安堵する。頬が緩んで、それでも目からは、涙が溢れ続けた。

 目下の彼の頬に、流れ落ちた雫を見つけて、そっと拭き取る。

「ごめ……嘉向くん……わたし、何して……」

 まだ呼吸が整っていない彼は、けれどわたしの頬へ指を這わせた。慈しむようなその柔らかさに、涙が止まらなくなる。

「僕は、また君を、不安に……させちゃったかな」

 支えるって言ったのにね。彼が微笑む。どうして、と理不尽さに胸が痛んだ。

 嘉向くんをつくりものにしていたのはわたしだったんだ。だって自分で絞めた彼の首は驚くほどに熱く、脈打っていた。わたしの触れた指はひやりとしていたけれど、心があった。彼を殺していたのは、わたし。

「嘉向くん、わたし君が好きだよ……。ごめんねこんな女の子で……でもわたし、君のこと大好き……」

 涙でぐちゃぐちゃになった視界の中で、彼はわたしに手を伸ばす。

「僕が君を裏切ると思ったなら、また首を絞めたっていい。僕は伊桜の傍にいるから」

 ああ。悲鳴ともとれる声が、口から出た。堕ちてしまう。わたしたちはずっと一緒にいちゃいけないんだ。離れないと、未来へ進むことも、過去を振り返ることもできない。

「ごめん……ごめんね嘉向くん」

 泣きながら、それでもわたしは目を逸らした。残酷すぎる結論を見ないようにした。わたしは刹那的なものであると確信しながら、彼に縋る。首を絞めて、彼の動脈をふさぐ感触を、掌に焼き付けて。泣きながら、謝りながら、好きだよ、と訴える。
 

 いつか君に、愛してる、といえるわたしが生まれればいいのに。

 温かい嘉向くんの腕に抱かれながら、そっと目を閉じた。涙の跡が、頬に残ったまま。









これを書いたのは去年の12月ですが。


ちょっとでもこのふたりがいい方向にいけばいいなぁ


書くのは私ですごめんなさい