ジャスミンさんのブログで臨済寺さんの一般公開を知り出掛けてきました。
徳川家康が幼名”竹千代”と呼ばれた幼い日に人質として過ごした臨済寺さん。
人質とは申しながら松平家の跡取りとして、雪斎禅師に厳しく教育を受けた場所。
 
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私が子供の頃は、お茶会など日頃行われていましたが近年は拝観できるのは年に二日程になっているので、なかなか無いチャンスと勇んで参りました。
 
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襖絵を拝見しながら奥に進むと、”竹千代君御手習い之間”

 

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襖には中国の賢人の絵でしょうか。
四畳半に書見台と座布団とシンプル&コンパクト。
天井には龍が描かれ、さすが戦国時代!
ここで論語など学ばれたのでしょうか。
 
ふと氣付いたら方丈のお屋根が「檜皮葺」
あら、瓦じゃないの?
で、ガイド役のお坊様に伺った面白いお話。

 

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こちらの方丈は、過去二回焼かれているそうです。
一回目は、武田軍を追い払う為に。
二回目は徳川家康が今川家を滅ぼす為に、朝廷に再建をお約束しお許しをいただいた時。

今川家を滅ぼした後、急ごしらえで「方丈再建」。

その後、瓦を乗せた時期もあったそうなのですが内部の建築が当初のまま。
柱が細く瓦の重さに耐えかねて、建物が歪んでしまい現在は「檜皮葺」になっているそうです。(≧∇≦)
 
そして、立派な御朱印いただいて参りました。
 
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せっかくですので、「阿弥陀様」と「摩利支天様」
Wで御朱印いただいて参りました。
 
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愉快なお坊様方、ありがとうございました。
 
清水の清見寺さんにも”竹千代君御手習い之間”がございます。
ゆっくりと今一度お訪ねしたいと思いました。
境内をJRが通るレアなお寺さんです。