論理的思考力なんかではなく、「結果」だと思う。

言わずと知れた亀田興毅は、投げたピンポン球を避けることで動体視力を鍛える練習など父の亀田史郎の編み出した独自のトレーニングで世界チャンピオンまでになった。

彼のやっていたトレーニングは、綿密に計算されたものであったが、
それが評価されたのはそのトレーニングを受けた亀田兄弟らが「世界チャンピオン」という結果を残したからに他ならない。
当たり前のことを言っているようであるが、
世の中の大半は結果を残している人の方法や考え方が正しいと断定されるかのように評価される。
亀田兄弟が結果を残さなければあの方法や考え方はただの気違いである。
独学にも関わらず、結果を残すから、その方法や考え方は肯定され、価値を生む。
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誰に何を言われようが、結果を残せば、その方法や考え方は正しいとされる。
これが自信のない自分にとっては欲しい。
先輩にとやかく言われる。
誰かにとやかく言われる。
知っているかのように、お前は俺より下かのように、言われる。
アドバイスには感謝する。しかし、偉そうに言われる筋合いはない。
しかし、自分には結果がない。
悔しい。
とやかく言われたくない。
だから結果が欲しい。
その一心である。
今日、渋谷区のバドミントン大会があった。
3部までレベル分けされている大会で1部で出た。
結果は…2回戦負け。
悔しい。
それに尽きる。

