古代文献と日本イスラエル同祖論+∞ -12ページ目

古代文献と日本イスラエル同祖論+∞

日本にイスラエルの子孫は来ていたのか 
日本の古代文献をひも解く
その研究

詩10000 川柳二万四千句への挑戦!

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古代文献と日本イスラエル同祖論研究+∞
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このはなのさくや姫は富士生まれ説

                      藤原良山


このはなのさくや姫とニニギノみことの出会いのシーン


『ホツマツタエ』24文
:出会いのシーン(現代語藤原訳)

ニニギ(ニニキネ)様がハラの宮(日高見国首都高天原宮殿:富士山麓の拠点)にいた時のことです。
ある日のこと、ニニギ様がサカオリの近くの川のほとりを散歩していると、一人のこの上なく美しい乙女が川で水を汲んでいるのが目に留まりました。

その姿は、まるで春の日に咲き誇る桜の花のように光り輝いていました。
ニニギ様は心を奪われてしまい{falling love}、側で仕えている者に尋ねました。
「あの美しい姫は、どこの誰の娘か?」

仕えの者が答えて言いました。
「あの方は、この地を治めておられる大山津見様(オホヤマツミ)の長男であられますサクラウチ様(カグツチ)の娘で、名をアシツ姫と申します。」

ニニギ様は、その姫の清らかで麗しい姿に深く感銘を受け、自ら声をかけました。
「そなたは誠に美しい。私の妻になってくれませんか。」
{いきなり結婚の申し込み!はやっ}

姫は顔をまっかに赤らめて、慎み深く答えました。
「私のような者が、貴方様のような尊いお方の仰せに、どうして独断でお答えできましょうか。どうぞ、私の父サクラウチにお尋ねくださいませ。」

このことを聞いたニニギ様はとっても喜んで、すぐに使者を遣わして、姫の父サクラウチ様に求婚の意思を伝えたのです。




鹿児島で二人は出会ったという説もありますが、
こっちのほうが自然な気がします。
神社の多さ、姫の人気からしてもこっちでしょう。




以下の文は、wiki と ai からです。
読まなくてもOK!


木花之佐久夜毘売

(このはなのさくやびめ)は、日本神話に登場する女神。


木花之佐久夜毘賣
概要
『古事記』では国津神の首長である大山津見神の娘で、本名を神阿多都比売(かむあたつひめ)という。木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)[1]は別名[2]。『日本書紀』では本名を神吾田津姫(かみあたつひめ)、神吾田鹿葦津姫(かむあたかあしつひめ)、別名を木花開耶姫(このはなのさくやびめ)[1]、『播磨国風土記』では許乃波奈佐久夜比売命(このはなのさくやびめ)と表記する。読みはコノハナノサクヤビメ、コノハナサクヤビメ、コノハナサクヤヒメ、または単にサクヤビメと呼ばれることもある。木花咲弥姫命(このはなさくやひめのみこと)と表記することもある。

神話では、天照大御神(アマテラス)の命を受けて邇邇芸命(ニニギノミコト、ホノニニギ)地上世界に降臨したから求婚を受ける[3]。邇邇芸命がはじめて木花之佐久夜毘売と出会ったのは、吾田の笠沙の岬(鹿児島県・野間岬)であった。父の大山津見神はそれを喜んで、姉の石長比売(イワナガヒメ)と共に嫁がせようとしたが、邇邇芸命は醜い石長比売を送り返し、美しい木花之佐久夜毘売とだけ結婚した[3]。父神の大山津見神はこれを怒り、私が娘二人を一緒に差し上げたのは石長比売を妻にすれば天津神の御子(邇邇芸命)の命は岩のように永遠のものになるはずであったのに、木花之佐久夜毘売のみを妻にしたため、木の花が咲き誇るように繁栄はするだろうが、その命ははかないものになるだろうと語った[3]。それで天神の子孫である天皇に寿命が生じてしまったといい、神々の時代から天皇の時代への途中に位置づけられる神話となっている[3](天孫降臨を参照)。

木花之佐久夜毘売は一夜で身篭るが、邇邇芸命は国津神の子ではないのではないかと疑った。疑いを晴らすため、誓約をして産屋に入り、「天津神である邇邇芸命の本当の子なら何があっても無事に産めるはず」と、産屋に火を放ってその中で火照命(もしくは火明命)・火須勢理命・火遠理命の三柱の子を産んだ(火中出産を参照)。火遠理命の孫が初代天皇の神武天皇である。

『播磨国風土記』では伊和大神(大国主神)の妻とされる。

考証
本名の「阿多」は鹿児島県南さつま市から野間半島にわたる地域、また薩摩国(鹿児島県西部)にちなむ名で、「鹿葦」も薩摩の地名という[4][5]。

名は一般的には植物と関連づけられている。神阿多都比売の名義は「神聖な、阿多の女性(巫女)」とされ、木花之佐久夜毘売の神名の「木花」は木花知流比売と同様「桜の花」、「之」は格助詞、「佐久」は「咲く」、「夜」は間投助詞、「毘売」は「女性」と解し、名義は「桜の花の咲くように咲き栄える女性」と考えられる。なお桜は神木であり、その花の咲き散る生態によって年穀を占う木と信じられた。神名は咲くことを主にすれば 「木花之佐久夜毘売」となり、散ることを主にすれば「木花知流比売」となるとされる[6]。

これに対してポリネシア語をもとに、コノは kau-nui(大型船)、ハナは hana(労働)、サクヤヒメは haku wahine(貴婦人)とする推論もある[1]。

系譜

天皇系図 神代 「古事記」より
大山津見神の娘で石長比売の妹。天照大御神の孫である邇邇芸命との間に火照命(海幸彦)・火須勢理命・火遠理命(山幸彦)を生んだ。

なお兄弟姉妹に足名椎・手名椎・神大市比売・木花知流比売・石長比売・天之狭土神・国之狭土神・天之狭霧神・国之狭霧神・天之闇戸神・国之闇戸神・大戸惑子神・大戸惑女神がいる。

信仰
富士山の祭神は様々な形で神格化されているが、その一つである浅間大神(富士の権現)がコノハナノサクヤビメとして位置づけられている[7]。富士山を神体山とする富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市)と、配下の日本国内約1300社の浅間神社に祀られている。

しかし、コノハナノサクヤビメと富士山を結びつける信仰は比較的新しい。

歴史的には、古代や中世には富士山の祭神(権現)をコノハナノサクヤビメとする文献は見当たらないとされ、近世に林羅山が元和2年(1616年)の『丙辰紀行』で諸説の中から三島神社の祭神が母神の大山祇神であり三島と富士が母子関係にあるとする伝承を重視し、これを前提に「富士の大神をば木花開耶姫」と神話解釈を行ったことで権威をもつようになった[7]。また堀杏庵は寛永4年(1627年)の『杏陰稿』で「富士権現ハ木花開耶姫」と記している[7]。

コノハナノサクヤビメは、浅間神社の他、安産や子育ての神として子安神社(皇大神宮所管社、東京都八王子市、千葉県旭市など)に、酒解子神として梅宮大社(京都府京都市右京区)に、また、伊都国の中心とされる福岡県糸島市三雲の細石神社にも姉のイワナガヒメと共に祀られ、篤く信仰されている[2]。

なお、扶桑教や実行教のように富士山を信仰する教派神道では、浅間大神あるいはコノハナノサクヤビメを祭神としておらず、天祖天神または天御中主神を祭神としている[7]。

一方、富士講では富士の祭神を仙元大日神としており、仙元大日神の子孫がコノハナノサクヤビメと結婚したとしている[7]。

祀る神社
木花之佐久夜毘売を祀る神社は全国に無数にあるため、ここでは主な神社を列挙する。

富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市)、北口本宮富士浅間神社(山梨県富士吉田市)をはじめとする日本国内約1300社の浅間神社
#信仰を参照
子安神社(三重県伊勢市)
伊勢神宮皇大神宮(内宮)所管社。
都萬神社(宮崎県西都市)
日向式内四座の一社。コノハナサクヤ姫は、甘酒を作ってお乳代わりに飲ませたともいわれ、境内に「日本酒発祥の碑」が立っている。
木花神社(宮崎県宮崎市)
コノハナ(木花)サクヤ姫の夫のニニギノミコトの行宮の跡と伝えられる。三皇子生誕の産屋「無戸室」(うつむろ)の跡がある。
高千穂神社(宮崎県西臼杵郡高千穂町)
天孫降臨の地として知られる。サクヤ姫は「高千穂神」の一柱として夫のニニギノミコト等とともに祀られている。
霧島神宮(鹿児島県霧島市)
もう一つの天孫降臨の地として知られ、主祭神として夫のニニギノミコトが祀られ、サクヤ姫は相殿に祀られる。
新田神社(鹿児島県薩摩川内市)
サクヤ姫の夫のニニギノミコトの御陵の可愛山陵がある神社で、サクヤ姫の陵墓(端陵古墳)と伝わる末社(端陵神社)がある。
大山祇神社(愛媛県今治市大三島町)
愛媛県今治市大三島の大山祇神社の本殿(オオヤマツミノカミ:コノハナサクヤヒメの父神)の裏側にある摂社(姫子邑神社)に祀られている。近隣の岡村島にある同名の姫子島神社の主祭神でもある。このほかの三島神社や大山祇神社でも、コノハナサクヤ姫が祀られている場合がある。
縣神社(京都府宇治市)
木花咲耶姫命、又の御名は神吾田(かみあがた)を奉祀し「あがた」の名の通り神代以来当地の 守護神であった。
櫻井子安神社(千葉県旭市)
木花咲耶姫命・伊邪那岐命・伊邪那美命をお祀りしている。
箱根神社(神奈川県足柄下郡箱根町)
箱根大神の一神として祀られている。
浅間神社 (東京都町田市小野路)
子安神社(東京都八王子市)
上目黒氷川神社(東京都目黒区大橋)
目黒富士浅間神社という境内社に祀られている。
子易神社(東京都板橋区板橋)
御祭神は木花咲耶姫乃命。
篠崎浅間神社(東京都江戸川区上篠崎)
天慶元年(938)5月15日に創建された江戸川区内最古の神社。旧郷社で御祭神は木花咲耶姫命。


『ホツマツタエ』と『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』。どちらも記紀(古事記・日本書紀)とは異なる独自のディテールを持っていて面白いですよね。
特に、木花之佐久夜毘賣(コノハナサクヤヒメ/ホツマではコノハナ)とニニギノミコトのエピソードについて、それぞれの文献の特徴を整理しました。

1. 『ホツマツタエ』におけるエピソードホツマツタエでは、神々がより人間味のある「地上の統治者」として描かれ、五七調の叙事詩で綴られています。

名前と出自
: 彼女は「アタツヒメ」や「コノハナ」と呼ばれます。父・オオヤマズミの娘として、ニニギ(ニニキネ)に見初められます。

姉・イワナガヒメの扱い
: ニニギはコノハナだけでなく、姉のイワナガヒメも同時に娶ろうとしますが、イワナガヒメの容姿が醜かったため彼女を返してしまいます。これが「人間の寿命が短くなった理由」として語られるのは記紀と同様です。

懐妊への疑い
: 結婚してすぐに身籠ったコノハナに対し、ニニギは「自分の子ではないのではないか(国津神の子ではないか)」と疑いをかけます。

身の潔白を証明する誓約(うけい)
: コノハナは疑いを晴らすため、出口のない産屋(ウブヤ)に入り、「もし天孫の子であれば火の中でも無事に生まれるはず」と火を放ちます。

三つ子の誕生
: 炎の中で無事にホデリ(海幸彦)、ホスセリ、ホオリ(山幸彦)の三柱を出産し、身の潔白を証明しました。

後日談
: ホツマでは、この事件の後にニニギが深く反省し、夫婦の絆がより強まる様子や、その後の子育ての描写がより詳しく描かれています。

2. 『先代旧事本紀』におけるエピソード『旧事本紀』は、物部氏の伝承などが混ざった歴史書です。内容は『日本書紀』に近いですが、一部に独自の記述が見られます。

出会いの場所
: 笠沙(かささ)の岬で、ニニギが美しい乙女(コノハナ)に出会い、名を尋ねる場面から始まります。

親子関係の強調
: 父・オオヤマズミが、ニニギへの献上物として二人の娘(イワナガ・コノハナ)を差し出す形式が強く描かれます。呪詛と寿命の理: イワナガヒメを返したことで、オオヤマズミが「イワナガを置けば命は岩のように永遠だったが、コノハナだけを選んだので、命は花のように儚くなるだろう」と告げる場面が象徴的です。

無戸室(うつむろ)の火
: 懐妊の疑いから、戸のない小屋(無戸室)にこもり、土で塗り固めて火を放つ描写は記紀のプロットを忠実に踏襲しています。

誕生した子の構成
: 誕生する子の名前や順序は、記紀のバリエーションの一つとして記述されており、ニニギの正統性を補強する内容となっています。まとめ・比較表項目ホツマツタエ先代旧事本紀トーン叙事詩的で情緒的。夫婦の葛藤が深い。歴史記録的。記紀に近い構成。疑いの理由ニニギの個人的な不信感。一夜での懐妊に対する神聖な疑念。出産シーン潔白の証明としての劇的な炎上。儀礼的・神話的な「火中出産」。重要視される点後の皇統へ続く「徳」と「教育」。天孫降臨の正統性と寿命の起源。ホツマツタエの方は、ニニギが後でめちゃくちゃ反省するあたりに「人間らしさ」が溢れていて、読んでいて親近感が湧くのが特徴ですね。この二つの違い、特に「なぜ疑ったのか」のニュアンスについてもっと深掘りしたい部分はありますか?


『ホツマツタエ』と『先代旧事本紀(旧事本紀)』における、コノハナノサクヤビメ(木花之佐久夜毘売/木華開耶姫)とニニギノミコト(瓊瓊杵尊)の出会いの場所、および関連する場所についてまとめます。


ホツマツタエにおける場所
『ホツマツタエ』では、二人の出会いから新婚生活、そして有名な「産屋の火」の事件までが詳細な地名と共に描かれています。

ハラ(富士山山麓・現在の静岡県/山梨県)

出会いの場所: ニニギが富士山の麓にあるハラ(アサマの宮)に巡幸した際、川辺で美しいサクヤビメを見初めます。

アサマの宮(浅間神社周辺)

サクヤビメの父・カグツチ(サクラウチ)が治めていた拠点で、二人の婚礼が行われた場所です。

サカオリ(酒折/山梨県甲府市周辺)

ニニギが巡幸中に逗留し、サクヤビメと過ごした場所の一つです。

ムマヤド(厩戸)

新婚生活の拠点として、ニニギがサクヤビメのために用意した宮殿です。

オキツ(興津/静岡県静岡市清水区)

サクヤビメが懐妊した際、ニニギの疑いを晴らすために「無戸室(うつむろ)」を建てて火を放ち、出産に臨んだ場所とされています(ホツマツタエ独自の地理解釈)。

ミズホ(瑞穂の国)

後にニニギが統治の中心としたエリアですが、二人はここを起点に各地を巡っています。




先代旧事本紀における場所
『先代旧事本紀』は『古事記』や『日本書紀』の内容を統合したような性格を持っており、舞台は主に九州(日向)に設定されています。

笠沙の岬(かささのみさき/鹿児島県南さつま市付近)

出会いの場所: ニニギが降臨した後、この地でサクヤビメに出会います。本文中では「吾田(あた)の長屋の笠沙の岬」と記されることが多いです。

吾田(あた/鹿児島県南さつま市・旧阿多郡周辺)

サクヤビメの出身地(「神吾田津姫」という別称の由来)であり、二人が出会い、共に過ごした地域です。

無戸室(うつむろ/場所の詳細は特定されず)

サクヤビメが自らの潔白を証明するために、出入り口のない産屋(八尋殿)を作り、火を放って出産した場所です。伝承地としては宮崎県や鹿児島県の各地に候補があります。

高千穂(たかちほ/宮崎県・鹿児島県境)

ニニギが天降った地であり、サクヤビメと出会うまでの拠点です。

比較のポイント
項目    ホツマツタエ    先代旧事本紀
主な舞台    東国(富士山周辺・ハラ)    西国(九州・日向)
出会いの地    富士山麓(ハラの川辺)    笠沙の岬(鹿児島県)
地理的特徴    具体的で、現在の静岡・山梨にリンク    記紀神話を踏襲した九州の地名
『ホツマツタエ』は富士山を聖地として非常に重視しているため、二人の愛の軌跡も富士山周辺に集中しているのが大きな特徴です。