会社を倒産させて自己破産する経営者が綴るブログ -4ページ目
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決断から弁護士相談まで

会社を畳んで連帯保証人の私と父親が自己破産することにした。負債は二億数千万になると思う。経緯を全部書こうとすると長くなるので最低限の背景とリアルタイムで進行していることだけ手短にまとめようと思う。後追いで経緯を書くかもしれない。

事業が思わしくなく資金繰りにここ二年ぐらいずっと苦労していた。最初のうちは返済を滞らせないように追加融資を受けていた。これ以上の追加融資は出来ないと言われて約定変更を行った。元金の返済をストップして利払いだけにして貰っていた。それでも資金繰りに行き詰まった。

途中大幅なリストラをした。約50人いた従業員を15人程度に減らした。設備を売却し賃貸で借りていた社屋も返却して新たに小さいところを借り直した。そのリストラのときも非常に辛い苦しい思いをした。それを乗り越えて今があるので何としても維持するんだと頑張ったつもりだ。そのリストラを開始したのが2009年の8月で完了したのが2009年の11月。八月は若干の営業が残ると思うが実質9ヶ月間しかもたなかったわけだ。けど、リストラしなかったらもっと早かったに違いない。判断は間違ってなかった。

8月はどう考えても金が足りない。それは7月から判っていた。質の悪いお客につかまり開発費を全額払ってもらえていない案件がある。その回収ができなければまずい。払うという言質は取っていたのだがどうも雲行きがあやしい。確認してみたら案の定払えないとその社長に逆ギレされた。

そこがトリガーになったのは確かだけどそれがなくても苦しかったのは事実だ。さらに今後の事業見通しとしてのマイナス要因もある。

新規の借入先を探した。約定変更を行っているので銀行では無理だろう。ビジネスローンに審査を申し込んだ。ビジネクストという会社だ。審査で落ちた。次に日本振興銀行に申し込んだ。会長の木村剛氏が逮捕された銀行だ。審査が甘いと聞いてる。そこで「第三者の連帯保証人を付ければ」って言われた。

保証人として思い浮かんだのは妹。旦那がSEで本人も雑誌の編集者として働いている。編集の仕事は景気が悪いらしいというのは聞いていたけど頼める可能性はあるだろう。けど、頼む気はなかった。

前述の通り事業見通しが悪い。ここを凌いでもまた息詰まる可能性もあるだろう。「保証人を付ければ」って言葉の数秒後には「保証人を探すつもりはありません。気が変わったらまた連絡します。」と答えた。

数年前に某信用金庫に一本化した借入金は1億四千万程度だ。その借入金の保証人に私と父親がなっている。両方とも殆ど貯蓄は使い果たしてる。父親の自宅、私の実家がある。それが主な資産だ。私のマンションもあるけどまだ住宅ローンの支払い中。残債と相殺すれば殆ど資産価値はないだろう。

言ってしまえば私は実家を守るため頑張ってきたみたいなところがある。これがなければ、父親の生きてきた証としてのこの家がなければこんな儲からない商売はとっくに辞めていただろう。

つい数日前に持病をこじらせ入院してた父親に報告に行った。会社整理するよ、この家もなくなるよ、他に手段無いでしょ。父親は静かに受け入れてくれた。

次に話をしたのは妻だ。9歳の息子の前で話ししたくなかったので近くの居酒屋に呼び出した。会社の経営状況は今まで一切説明していなかったけどいろいろな状況で察してはいただろう。離婚を念頭に置き話を始めた。離婚の話は一顧だにされなかった。親に金が借りられないか頼んでみるとも言ってくれた。そんな迷惑を掛けるわけには行かないし、なんといっても事業の見通しは暗いのだ。けど、妻の気持ちは本当に嬉しかった。

翌日、弁護士に相談。無料相談窓口みたいなところが法律相談所でもあるんだけど、弁護士会の相談窓口に行った。担当してくれた弁護士は的確にアドバイスしてくれたと思う。おそらくその弁護士に始末を依頼する。
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