本日、約1ヶ月にわたる研修が終了した。
長いようで、短すぎる1ヶ月だった。
初めの頃は、同じ会社の人同士でしか話すことがなくて。静かな教室、広がらない人間の輪。
ビジネスマナーなんて儀礼すぎて嫌いだったし、挨拶とか笑顔とか、うるせーよ、勝手にやってろって気持ちだった。
次第にみんなうちとけていって、クラスのほぼ全員で飲みに行っちゃうほど。最高だったな。
あの場所で教わったのは、ただ単に社会人になるためのマナーやらスキルだけじゃなかった。
誰のために明るくいるのか、笑顔でいるのか。
なんのために、挨拶やらマナーやらを学ぶのか。
ずっと言われてる、素直になるって言うのがどういうことなのか。
わかった気がする。
やさしくて、明るくて、元気で、みんな良い子のクラスだった。ひとりふてくされてたり、機嫌悪いのをモロだしにしたりしちゃダメな理由を、ちゃんと受け入れられた場所なの。
ほんとはわかってたの。
誰かが楽しそうにしてる場で、楽しくないということ。明るく振舞ってる場で、機嫌悪いの垂れ流すこと。
ダメだって知ってたよ。認めなかっただけで。
私は自分にとって素直でいることが良いことだと思ってたの。
でもそうじゃないらしい。
素直とは傍若無人な振る舞いじゃあない。
人のことを気遣い、不快にならぬ言葉をかけ、明るく笑顔でいること。それだけ。
研修のなかで習って、すごい……と思ったことがある。肯定表現というやつ。
とくに面白かったのが、
たとえば
商品を買って頂かないと、差し上げることはできないんです。
これ、頂か「ない」と
差し上げることはでき「ない」
のダブル否定になってるの。
これを肯定表現にすると、
商品を買って頂くと、差し上げることができます。
になる。言ってることは同じなのに、全員違ってる。じゃあ買お〜ってなる。すごい。
私が思う気遣いって、このレベルのもの。
たんに顔色伺うとかじゃなくて、常にこのレベルで人のことを思うということ。
大学のときに、私の言葉は人を殺せてしまうような鋭利なもので、それはとても怖いけれど、それにしかない力があるって、卒業のときに何人もに言われた。
この気遣いをしたとき、こっちに価値を見出したとき、私はこの武器を手放すことになるんじゃないかと不安だった。
だから、認めたくなかった。
でも今は。
相も変わらずネガティブで、人の事なんてこれっぽっちも信じてないし、自分のことも大切にできんようなやつやけど。
明るく笑顔でいるように心がけてる。
それだけでかわいいらしいし!