海外放浪記
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痛み

誰かを心から愛したい


誰かに心から愛されたい


そう、願っても現実は思い通りにはならない




人の気持ちを自分の思い通りにすることはできなくて

誰かへの想いだけで自分の行く道を決めることもできなくて

気持ちと行動の矛盾とともに、痛みだけが残る

孤独

見知らぬ文化の中で一人で生きていくということは孤独感に発狂しそうになることもある。


人は一人で生きていけるほど強くはない。


誰しもが孤独感を抱え、自分なりの葛藤や悩みとともに生きている。

自分を支えてくれる大切な人がいればどれほどいいかと思う。


でも、この道を行くと決めたのは自分。


信じて前に進もう。後悔はしたくない。


いつか心から支えあえる素敵な人とめぐり合えると信じて。

才能

「自分には才能がない」という言葉をたまに聞くことがある。

その台詞を聞くと常々疑問に思う。


もちろん才能というものは確かに存在する。

しかし、才能という言葉は自分には努力を放棄するためのいいわけにしか聞こえない。


人間というのは全ての面において平等であることはありえないはずで、ある目標に到達するために割かなければならない労力というのは個々人違うのは当たり前である。


現在、自分は母国語でない言葉で学んでいる。クラスメイトなど他の学生に比べて、理解の速度が言語の障害によって遅くなる、割いた時間に対しての他人に比べての結果が悪いなどということはよくある。

しかし、その自分のこなした仕事、割いた労力に対して出た結果というものを不平等だとは思わない。

言語という一種の才能を含めての結果であり、試験そのものは全ての学生に対してフェアに与えられるものであるからだ。

決して、他の人は才能があってうらやましいなどと、嘆くことに意味はないし、それで現状を変えることはできない。


努力が才能を凌駕できないのかと言われればできないこともあるし、努力が全て報われるとは言えない。


しかし、だからこそ自分にしかできないこと、自分なりのやりかたというものが存在するはずであり、自分の才能のなさを嘆く暇があれば、自分に足りないものを補うように努力し、自分なりのやり方を模索するべきであると思う。


もちろん、誰しも自分が欲しいと願う能力を手に入れることができるわけではない。

自分の進もうとしている道が自分にとって常に100%満足の行くものだとは限らないのが現実ではある。

ただ、前述したが、現状を嘆くことにより現状を変えることができるはずもなく、重要なのは今ある自分の現実をどのようにしてより自分の理想に近づけるかである。


常々思っていることだが、自分のエネルギーのベクトルを常にプラスに向け、理想実現のために一歩一歩努力することで自分の能力が向上させるように務めるのが重要であると思う。