中川忠の小説です。 -3ページ目

中川忠の小説です。

中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

 

ーーリーレ、リーロ、リール、リーラ

  音は楽しい

  夢は美しい

  生きる意味、ここにあり

  どこにあり?

  胸の中にしっかりある

  腕の中にも、目の中にも

  精神と肉体の全てを賭けて

  美しい人生を

  求めて求めて

  求め過ぎることはない

  過ぎたるは全てを充足する

  神の世界の真理

  人の世界の真理なぞ

  どれほどの意味があろうや?

  だがけしてけして

  人の世を否定してはならぬ

 

 

 社長田中とまいこはメールのやり取りをする。

「わたし、そんなに力のある女ではないんです。社長はわたしを買いかぶっておいでになります」

「人は人を買いかぶるべきだとぼくは考えるが」

「どうしてですの?」

「人の世をよくするためにそう思うことは必要だ。みんながみんなを買いかぶるようになれば、いい世の中になると思わないか?」

「世の中、そう単純には行かないものです」

「よく分かってるじゃないか。だからきみはすごいと言うんだ」

「すごいだけですか?」

「すごいだけじゃない」

「すごいだけじゃなくて、何なんですか?」

「ぼくは一人の平凡な女性としてきみを求めている」

「わたしのききたかった言葉はそれです」

 

 

 倉橋まみは森岡先生に電話をする。

「今どこにいるの?」

「同門激三郎の家の応接間にいる」

「そこで何をしてるの?」

「手下AとBに挟まれて座ってるんだ」

「それは大変ね」

「困らないのか? 同門激三郎の暗殺計画がばれてしまったんだぞ」

「計画のやり方を変えるだけよ」

「この電話はちゃんときかれてるぜ」

「それじゃあテレホンセックスをしましょうか? そこのみなさんも退屈してたらいけないから」

「そんな気分じゃないな」

「松島菜々子似とは寝たんでしょう?」

「まあね」

「さすがわたしの大好きな森岡先生」

「おだてるなよ」

「おだててないよ。焼き餅を焼いてるの」

「まみ」

「先生」

 

 

 同門激三郎は心根は優しい人間だ。ただ色々と人助けをして行くと、どうしても敵が出来てしまう。同門激三郎自身が何かをしろと指令しなくても、手下たちが親分の意向を勝手に汲んで恐ろしいことをしてしまう。

 責任は全部自分にあるとは思っているが、時には怖くなることがある。あちらこちらから命を狙われているのは自明の事実だ。殺されても仕方はないと腹をくくってはいるが、出来れば何とか逃れたいと願っている。

 松島菜々子似は若い女性だが六十歳の大物黒幕の苦悩をよく察している。彼女自身が大物になる可能性を持っているのだ。

「あなたが殺されそうになったら、わたしが盾になっていい」とまで言う。愛している愛されているという関係だけではない、松島菜々子似は同門激三郎を力づけたりもするのだ。

「わたしはあなたと出会えたことだけで勝ったと思っています。だからそれ以外で負けても何も痛くないんです」

 同門激三郎は松島菜々子似の体のかたわらで子供のように眠る。

 

 

 世の中争いはつきものだ。考えられないようなおかしな人間が多すぎる。まともに受け取って生きていたら損をすると思うほどだ。

 正直者は馬鹿を見るとはそういうことだろう。

 ところが一方で人間は正直者であることに越したことはない。何も生き馬の目を抜くような争いに勝つだけが人生の目標ではない。人間は高貴でなくてはならない。あくまでも高貴でなくてはならない。

 勝って勝って勝った人間は死ぬ時に勝った功績を何一つ持って死ねないことに気づき愕然とする。高貴であるということは本質的に自分は何も所有していない、一人で生まれ一人で死ぬのだということを心の底から受け入れることにつながる。

 大馬鹿であることは決して悪いことではない。

 

 

 マライア・キャリーはすっかり天使のようになってしまった。天使のようになるということは傷つくということだ。マライア・キャリーは世の中の多くのおかしいことを目撃していつも首をひねっていた。

 大声で言うた者勝ちという風潮がある。これは何も今に始まったことではなく、太古の昔からそうなのだろう。

 ところが世の中厚かましいのがまかり通るのだ。厚かましくしないと人は人のことに気づかない。何しろ人はみんな忙しい。控えめにしている人の気持ちを汲んでいる余裕はない。

 マライア・キャリーはその辺の事情も分かっていた。ただの馬鹿ではない。分かってはいるが実はあまり認めたくない。世の中がきれいになればと願っている。

 控えめが美徳にならないようでは世界は狂っている。