これに対して様々な答えがあるだろうが、
それらに共通するのはズバリ「幸せになる為」である。

幸せになれない人が「生きていたくない」と思うのも
あるいは必然なのかもしれない。

ともかく、我々人間は幸せになる為に生きているのだ。
幸せというのは何とも曖昧な定義だが、個人の見解として、
本人が「幸せだ」と感じればどんな些細な内容でもそれを
「幸せ」と呼んで差し支えないと考える。

しかしここで眉をひそめる人もいるだろう。 

【自分の思い描く幸せを感じることができない、
幸せを実感できない、何が幸せか分からない、
自分が幸せになっていいとは思えない。】

そんなことを考える人もいる。かくいう私もそうなのだ。

もちろん、楽しいと感じることはたくさんあるし、
特に大きな悩みもない。しかし

【自分の思い描く幸せには届かない】

それだけで深い悲しみに苛まれ、とてつもない絶望に
捕らわれてしまう。

「くだらない」「何を贅沢なことを」そう思う人も
少なくないだろう。

ただ、それが人にとってどんなに些細で稚拙な内容でも、
本人にとっては命に置き換わるレベルの絶望になりうることを
皆さんにも知って欲しい。

私の場合、「あの人と共に生きたい」というものだ。
相手が死んだわけではないし、元気にやっている
ようだが、絶対に叶うことがない願いである。

私はそんなつまらないことで日々に絶望を感じ、
幸せを味わうことができず、死んだように生きている。
ほんのわずかな可能性を信じているのか、
はたまた他の幸せを見つける日を待っているのか。

自分が何をしたいかというのは案外分からないものだ。