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引きこもりがちな僕からしたら、今日は異様に忙しい一日でした。
まず学会の受付アルバイト面接+説明会のため、都内某所に朝から赴きました。
就職活動の頃はあんなにあることないこと言えていたこの口も、アルバイトの面接ではなぜかカミカミで、志望動機なんかもあまり冴えずに終了。
4月くらいだったら「僕は世界に羽ばたく受付になります!」くらいきっと言ってたのでしょう。
まぁ落とされることのない面接だから良かったんですが。
、面接は集団で行っていたのですが、見た目あまりさえないマダム達の経歴が意外とすごくて驚きました。
普段は非常勤講師やっているとか海外住んでたとかアナウンススクール行ってたとか。
経歴を聞くと素敵なマダムに見えてしまうものです。
冴えないとか思ってすいません。
僕ももし禿げたとしてもになっても、活動的でバイタリティ溢れる素敵なオジサンになりたいですね。
その後、今回はライブ運営をほぼ一人で行うという強制イベントなため、ライブハウスに行って詳細の確認とチケットの受け取り。
そこから近い研究室へ行き、研究なんかせずにFaceBookのイベント立ち上げなんかして、チケット価格の設定、損益分岐点の計算と事務的な作業をして、更にその後メンバーとミーティング。
半ニートが急にみっちりなスケジューリングでした。
明日からはまたゆとり生活に戻ると思うのですが。
たまには忙しい日があってもいいものです。
メンバーからは「何から何までやってくたのか!走り回ってくれてありがとう!」というようなことで褒められました。
なんだかんだ言って良いやつらです。
普段は文句をたれてますが、日本人にはない素直さとか、好きな点もたくさんあります。
日本語でしゃべってくれたらもっと好きになるよ!
以前読んでいたカート・ヴォネガット・ジュニアのとある作品では、「人の幸せ」というものを「人から必要とされること」と置いて話を進めておりました。
その他のカート・ヴォネガット・ジュニアの作品でも、人の幸せとはそのように描かれていたりします。
僕は幸せにはたくさんの種類があって、それはたくさんある幸せの一つに過ぎないと考えますが、カートの意見にも肯定的です。
たぶん今日の忙しさが楽しかったのも「人から必要とされている幸せ」を感じたのでしょう。
しかしこの幸せを感じるには、普段あまり好きではない社会的活動に活発にならなければなりません。
家で音楽聴いたり本読んでても幸せですが、珍しさと言うのは付加価値ですから。
ライブまで一ヶ月もありますが、この幸せをバネに、頑張っていこうと思いました。
まず学会の受付アルバイト面接+説明会のため、都内某所に朝から赴きました。
就職活動の頃はあんなにあることないこと言えていたこの口も、アルバイトの面接ではなぜかカミカミで、志望動機なんかもあまり冴えずに終了。
4月くらいだったら「僕は世界に羽ばたく受付になります!」くらいきっと言ってたのでしょう。
まぁ落とされることのない面接だから良かったんですが。
、面接は集団で行っていたのですが、見た目あまりさえないマダム達の経歴が意外とすごくて驚きました。
普段は非常勤講師やっているとか海外住んでたとかアナウンススクール行ってたとか。
経歴を聞くと素敵なマダムに見えてしまうものです。
冴えないとか思ってすいません。
僕ももし禿げたとしてもになっても、活動的でバイタリティ溢れる素敵なオジサンになりたいですね。
その後、今回はライブ運営をほぼ一人で行うという強制イベントなため、ライブハウスに行って詳細の確認とチケットの受け取り。
そこから近い研究室へ行き、研究なんかせずにFaceBookのイベント立ち上げなんかして、チケット価格の設定、損益分岐点の計算と事務的な作業をして、更にその後メンバーとミーティング。
半ニートが急にみっちりなスケジューリングでした。
明日からはまたゆとり生活に戻ると思うのですが。
たまには忙しい日があってもいいものです。
メンバーからは「何から何までやってくたのか!走り回ってくれてありがとう!」というようなことで褒められました。
なんだかんだ言って良いやつらです。
普段は文句をたれてますが、日本人にはない素直さとか、好きな点もたくさんあります。
日本語でしゃべってくれたらもっと好きになるよ!
以前読んでいたカート・ヴォネガット・ジュニアのとある作品では、「人の幸せ」というものを「人から必要とされること」と置いて話を進めておりました。
その他のカート・ヴォネガット・ジュニアの作品でも、人の幸せとはそのように描かれていたりします。
僕は幸せにはたくさんの種類があって、それはたくさんある幸せの一つに過ぎないと考えますが、カートの意見にも肯定的です。
たぶん今日の忙しさが楽しかったのも「人から必要とされている幸せ」を感じたのでしょう。
しかしこの幸せを感じるには、普段あまり好きではない社会的活動に活発にならなければなりません。
家で音楽聴いたり本読んでても幸せですが、珍しさと言うのは付加価値ですから。
ライブまで一ヶ月もありますが、この幸せをバネに、頑張っていこうと思いました。
バンドのライブを来月行うことにしました。
今回は社会人になる前の最後のライブになるでしょう。
とは言っても僕以外のメンバーはとっくに社会人なのですが・・・
もちろん社会に出たからって音楽は続けるつもりです。
しかし今の社会的視点で出来る最後のアウトプットですから。
気合いが入ります。
ライブハウス探しの際にいつも通っているリハーサルスタジオの店長さんが、ライブハウスの方に口を利いてくれて、割引交渉までしてもらいました。
店長さんとはあまりまともに話したことはないんですが、さすがに五年以上通い続けてた成果でしょうか。
僕のバンドは多国籍で構成されていて明らかに目立つのですが、僕のことまで知っていたのは意外でした。
名前も覚えていてくれて、少しでも自分を見てくれていた人がいるのは嬉しいことです。
それに僕がライブハウスに直接行って交渉する手間が省けました。
他のメンバーは日本語が不自由なため、いつもそういう仕事は僕に回ってくるのです・・・
本当に店長さんありがとう!
話変わりまして、
先日、10年ぶりくらいにBack to the futureを見ました。
やはり名作です。
古臭さはまるで感じさせず、ストーリーを知っていても面白い。
チャック・ベリーの曲を演奏するシーンは最高にカッコいいし、ラストのくだりとかはどうなるかわかっていてもドキドキします。
僕は1950年代に書かれた小説を読んで感動したり、何か哲学的な発見のようなことをした経験があるのですが、実際に映像で50年代を再現されると、どれだけ今と違う時代だったのか感じます。
テレビは普及していないし、車はクラシックな形です。
みんなロックミュージックなんて知りません。
しかし、僕はそんな時代に書かれた小説に感動できる。何かを教えられることもある。
つまり人の精神はほとんど変わらないのでしょう。
で、あるならば
社会を豊かにするためという理由の技術的発展には、どんな意味があるのかわからなくなります。
僕はこれから社会で色々な技術を開発するために働きます。
しかしその技術というのは、人を幸せにするためとか未来のためと言うより、資本主義社会による競争の結果でしかないように思われます。
別にそれが答えならそれでいいのですが、そうであるならば世の中は綺麗ごとばかりのうそつきだらけになってしまう!
なぁんてなことを考えてしまいました。
たぶんこれは今までたくさんの人が考えてる問題で、自分の答えを見つけるべき問題なんでしょう。
だからこれを消化するか、忘れてから入社に臨みたいですな。
今回は社会人になる前の最後のライブになるでしょう。
とは言っても僕以外のメンバーはとっくに社会人なのですが・・・
もちろん社会に出たからって音楽は続けるつもりです。
しかし今の社会的視点で出来る最後のアウトプットですから。
気合いが入ります。
ライブハウス探しの際にいつも通っているリハーサルスタジオの店長さんが、ライブハウスの方に口を利いてくれて、割引交渉までしてもらいました。
店長さんとはあまりまともに話したことはないんですが、さすがに五年以上通い続けてた成果でしょうか。
僕のバンドは多国籍で構成されていて明らかに目立つのですが、僕のことまで知っていたのは意外でした。
名前も覚えていてくれて、少しでも自分を見てくれていた人がいるのは嬉しいことです。
それに僕がライブハウスに直接行って交渉する手間が省けました。
他のメンバーは日本語が不自由なため、いつもそういう仕事は僕に回ってくるのです・・・
本当に店長さんありがとう!
話変わりまして、
先日、10年ぶりくらいにBack to the futureを見ました。
やはり名作です。
古臭さはまるで感じさせず、ストーリーを知っていても面白い。
チャック・ベリーの曲を演奏するシーンは最高にカッコいいし、ラストのくだりとかはどうなるかわかっていてもドキドキします。
僕は1950年代に書かれた小説を読んで感動したり、何か哲学的な発見のようなことをした経験があるのですが、実際に映像で50年代を再現されると、どれだけ今と違う時代だったのか感じます。
テレビは普及していないし、車はクラシックな形です。
みんなロックミュージックなんて知りません。
しかし、僕はそんな時代に書かれた小説に感動できる。何かを教えられることもある。
つまり人の精神はほとんど変わらないのでしょう。
で、あるならば
社会を豊かにするためという理由の技術的発展には、どんな意味があるのかわからなくなります。
僕はこれから社会で色々な技術を開発するために働きます。
しかしその技術というのは、人を幸せにするためとか未来のためと言うより、資本主義社会による競争の結果でしかないように思われます。
別にそれが答えならそれでいいのですが、そうであるならば世の中は綺麗ごとばかりのうそつきだらけになってしまう!
なぁんてなことを考えてしまいました。
たぶんこれは今までたくさんの人が考えてる問題で、自分の答えを見つけるべき問題なんでしょう。
だからこれを消化するか、忘れてから入社に臨みたいですな。
