お久しぶりです。
気がつけば半月たっていました。

マンガ銀の匙の校長先生も言っていたことですが
「生きるための逃げはありありです」
まさにそうだと思いました。

誰にだって起こりうることなのです。
自分でも驚いたくらいなので。
生きるための逃げはありです。
ありよりのありです。

強い彼らを描くにあたってあまりに私は弱過ぎた。







ドドド乱文なので日本語文法には目を瞑っていただけると喜びます。
人によっては不愉快な思いをする方がいるかもしれないです。
それに関しては申し訳なく思っています。
ごめんなさい。






理由は複合的でいて至極単純です。
それは私の心身の状態と溢れかえる他者の言葉の噛み合わせが悪かったことでした。

情報が溢れかえるあの場所では
勝手に他者と比べられ、読みにくい、と貶められるような気がしてしんどくなりました。
悩んで選んだ言葉を※※※だと屑籠に捨てられて。
頼んでもいないのに批評されて、括られて、誰かの後ろに回される。
それが積み重なって、さらに体の状態がよくないのも合わさって状況は最悪でした。

ああなんだ。それなら何書いたって意味無いじゃん
そう思い込んだが最後、途端に何も書けなくなりました。

私の作品だけが仮想敵に回された訳では無いと思うし、危ない被害妄想だとも今は思います。
しかし当時は相当参っていたんだと思います。
少々傷が出来たといえ、誰かに傷を作る権利なんか当然私にはありません。
でも確実に誰かのその言葉は心に重くのしかかり、自重に耐えきれなくなったそれは私の筆を折らせました。

最も怖いのは直接的な言葉ではなく自身の暗示。

褒めてくれなんて言えないし、きっと私は言う側ではない。
でも甘言をせびったってきっとこの虚しさは埋まらない。

そんな感情を抱くことすら自分はこんなに醜悪な人間だったか、と自己表現をすること、そのすべてが嫌になりました。

あんなに好きだった文章も、それに付随した絵も、何もかく気が起きませんでした。
各キャラの思いと物語の続きを考えることも放棄しました。
これ書いたってどうするんだろ、何のために描いてたっけと生産行為に全く意味が見いだせませんでした。

あんなに大好きだったのに。

私の作品を好きだと言ってくれる人もいました。
確かにいたのです、その人のことを否定したくありません。
待っててくれる人のために何度も立ち上がろうとしました。
が、でもやっぱり駄目でした。上から黒く塗り潰されてしまった手は決して動こうとしませんでした。

最初こそ少し休んで挿絵を描いて来週には15話を上げよう。と思っていました。
しかしどうしてもノートソフトを立ちあげることは出来なくて、タスクバーにあるそれを間違って開いてしまうと中身が現れる前にすぐに赤いバツ印をクリックしました。
書いたってまた誰かと比べられて、劣っていると暗に言われるんだろな。
今まで書いてきたこと全てが無駄なことのように思えて、苦労して書いた筈の、大切だった筈の自分の物語に触れることすら苦しくなりました。

きっも何も書かないままあの場所にいることもきっと許されないだろうし、目に入る情報は無慈悲に刺さって抜けない。
書かないのって言われるのかなあ。今はやだなあ。

誰かに影響を与えたって、
誰かの1番になったって、
虚しいもんは虚しいんだ。

あの日誤魔化して最後まで言えなかったことを現実で1人ごちて、私は誰にも告げず眠りにつくことにしました。
アプリは残していましたがどうしても手癖で開いてしまって、また勝手に溜め込んでしまう悪循環。
アンインストールしたのは眠りについた翌日。
ホームを変えたのは数日後でした。


でも、とある約束を果たすために逃げることはしたくありませんでした。
そしてそれだけではない、たくさんの人との約束がありました。
いっときはすべて捨てたとしても、やらねばならないことがある。
投げ出す選択肢なんかそもそもありませんでした。
それは強制でもなんでもない、自分の意思です。




私が休んでいた間にしたことは沢山の作品に触れて沢山の人に会うことでした。

プロフェッショナルがお金を受け取るに値するほど突き詰めた品質の作品を世に出し、消費者に受け入れてもらい、それで生きていく。
プロの作品に触れる、私にはそれが足りていなかったことに初めて気付きました。
世に作品を発表し、それで生きることを選んだ人の作品はやはり私のものとは全く違いました。

ずっと読みたかった小野不由美の【残穢】と、湊かなえの【告白】は圧巻でした。
休養中には小説の他に世界の食肉文化、政治イデオロギー、イスラム過激思想、アマゾン民族史、ジェンダー学やらなんやら目について気になっただけたくさんの本を読みました。
恩田陸の【蜂蜜と遠雷】と小野不由美の【屍鬼】はハードカバーで試験前にはなかなかヘビーなので積み本しちゃってます、早く読了したいですね。

映画館にも行きました。
最初は【万引き家族】を観るために映画館に足を運んだのですが、観るものを直前で直感で変えました。
特に理由はなかったのですが、このまま私は万引き家族を観るのか?となんとなく疑問に感じて券売機の前で予定を変更しました。
【ジュラシックワールド 炎の王国】の字幕版でした。
これがまた大当たりでしたね。
元々ジュラシックパークシリーズに傾倒していたわけではなく、シリーズを映画館で見るのはこれが初めてだったのですが、いやあよかったです。
いやな言い方ですが、確約された多くのファンがいて、お金をかけた映画の品質でした。
音楽と映像美、恐竜たちの姿に感動しました。
劇場に行くと大抵どんな作品でも泣いてしまうのですが、案の定泣きました。(友人と見に行ったゼロシコは流石に泣きませんでしたが)
CMで気になっていたのですが、モササウルスエンドではなかったです。これだけはネタバレさせてください。
気が付けば前作ではヴェロキラプトルのブルーを手懐けたオーウェン役のクリス・プラットの胸筋ばっか見てましたね。
188cmの39歳、美味しくないわけがない。
そしてそこに存在する果てしないナイス雄っぱい。
それではご唱和ください、ナイス雄っぱい。
話が脱線しまくるのでここらへんにしたいと思いますが、やっぱりいいですね、映画好きです。
まだiTunesのクレジットが残ってるのでフランス映画の【最強のふたり】をレンタルしようかどうか迷っています。
どなたか見た方おられますかね。

あとはお金出して音楽を聴きました。
CDを再生する機器が無いので文明の利器iphoneで。
私はファンキーパーリーピーポーアフロ率いる例のバンドがBRADIOが高一から大好きです。
初めて買ったアルバムがBRADIOで、実家に
POWER OF LIFEが置いてあります。
いや私と共にふぁんきーぱーりーぴーぽー沼に堕ちてくれ。絶対気に入る曲がある筈だから、これは死ぬまで言うぞ。
新しいアルバムから何曲かダウンロードして、今までのアルバムからも特に好きな曲を落としました。
新譜では『Sexy Lover』が1番好きです。
彼らの今からお前を抱くぜみたいな曲風がたまらなく好きです、もう抱けよ真行寺、あ、やっぱりいいです。
あとはBRADIOの『ギフト』を聴いて部屋で1人ズルズルに泣きました。
リリース直後は普通にいいメロディで綺麗な曲だなと思うだけでしたが、当時の精神状態と相まってもうダメでした。
この前帰省したときちょっと見ないあいだに親がすごく老け込んでいるような気がして、少し怖くなったことを思い出しました。
1人になって実家のことをよく思うようになりました。
人それぞれ事情があるし万人に勧めることはなかなか出来ないのですが、家庭に軋轢が無い人は是非聴いてください。今も思い出しては鼻をすすっています。
また後で聴いてきます。

あとは新港に戦艦を見に行きました。
確か青森所属の【ゆうだち】という護衛艦で。
写真もたくさん撮ったので機会があればお見せしますね。
港にはあまり今までお話したことなかったサークルの同輩と死ぬほど暑い中歩きづくめで見に行きました。2人で路面電車に揺られ、バスに揺られ、日の高い中を歩いて。そして意外とその子とウマが合うことにも気づきました。
実際に使われている攻撃ヘリや砲台を見て、ダミー弾に触って、乗組員の方のお話も聞きました。
道中は日にあてられて軽い頭痛にも悩まされましたがとても楽しかったです。

友人の祖父母宅で本家よさこいも見ました。
やっぱり衣装がかっこいいですね。
余所者並感ではありますが踊り子はもちろん、私は旗士の方に注目することをおすすめしたいです。
チームフラッグと言って良いものか未だに名前がよくわからないんですが、よさこいって旗が滅茶苦茶でかいんですよ。迫力あります、超あります。
チームごとに編成も調子も異なるので一概に言えませんが、旗士の演舞は一見の価値ありです。
気流を作り、風を読む。
かっこよかったです、やはり和は良いですね。
夕暮れ時の構内は鳴子と正調に囃され、来年は私もそうして夏を感じるようになるんでしょうか。
本大会や全国大会があるときにはもう島根に帰っちゃってますが、来年は見に行きたいですね。
どなたか来年一緒に見てくれる人いないですか。

病院ボランティアにも引き続き入っていました。
本職がいるのでいい加減なことは言えませんが、私は重度の知的障害や精神疾患のある患者さんの療育に参加させて頂いています。
またジストニアや側弯症を併発し、人の手を借りなければ座位を保つことすら困難という方がほとんどです。
病ボラに関してはまた別の機会で詳しくお話したいと思っているのでこのあたりで。
硬直した手に触れることへの未だ残る抵抗も、私が病院へ通い続ける理由も。
そのどちらも紛れもない私の真実です。


いろんな人と出会いかかわり合うことで得てしまった何か。
例え物語に過ぎないとしても、私は命を扱いあぐねている。
またそんなことも実感しました。


というわけでこのとおり今は元気です。
当時の心境なんかより見聞きしたことを人に伝えたいという気持ちの方が強いです。
でもこの半月のあいだで何を食べても鼻をつまんだまま食べ物を口に放り込んだ感じがして、味覚が少し鈍ってしまった気がします、うーん惜しい、これ治るかな。

時間が解決してくれる。それは例外もありますが私にとっては大いに当てはまりました。
そして、こうやって自分の思いを文章にするのも整理つけるためには大事な過程で。
自己開示法でしたっけね。

たまには嫌なことから逃げたっていいんですね。
現実からは逃げられませんが、ここでは逃げたって喚いたって誰も咎めません。
もしも誰かいま苦しい思いをしている人がいたならば、一旦全部消して別のことに浸ればどうにかなるんじゃないかな、と無責任に投げておきます。

明日の12時にはWAT15話をあげようと思っています。

この半月をいろんな門戸を開いたり閉じたりして過ごして。もしかしたらそれは私の文章じゃなくなっているかもしれません。
前より劣化しているかもしれません。期待はずれなのかもしれません。やっぱり誰かに見劣りするのかもしれません。
それでも私は書き続けることを自身で選びとりました。

あなたは私を許してくださいますか。
愚かだと笑いますか。

これからもどうぞよろしくお願いします。
今度会えたなら、また楽しいお話をしましょう。


日向=朝来=??

あいをこめて。