祖母が亡くなりました…

98歳でした…

病院に入ってからもぅだいぶ長い時間が過ぎていました…

祖母は大阪なので…私は年に一回逢えるかどうか…

何年も…大阪に居る叔母が付きっ切りで面倒を見てくれていました…

長い長い人生を全うした祖母…

戦争も経験している祖母の人生は激動なものだっただろうと感じます…


大阪の劇場や京都の撮影所などでの仕事の時は、毎回祖母の所から通わせて貰っていました…

祖母は毎日、食べきれない程のご馳走を作って帰りの遅い私を待っていてくれました…

若い頃…着物の着方など、何も分からなかった、私は…

撮影の現場で凄く怒られて…

帰って祖母の顔を見たら、思わず溢れて止まらない私の涙を見て…

ビックリした表情の後…
優しく優しく励ましてくれました…

次の日の朝…目覚めると…
綺麗にお化粧をして…洋服も着替え…何時でも出かけられる状態の祖母が…明るい笑顔で私が起きるのを待っていてくれました…



デパートに2人で出かけて…
着物を着るのに必要な小物など…私に細かく説明をしてくれながら…全部揃えてくれました…

その小物類を持って撮影所へ向かう私の後ろ姿を…心配そうに…でも、明るい笑顔で…ずっとずっと見守ってくれていた祖母の姿を思うと…今でも涙が溢れます…

祖母には『ありがとう』という言葉しかありません…

もう1つ付け足すなら…やっぱり『ごめんね』かな…

毎日、料理屋さんで出てくるようなご馳走を、祖母が私のために時間をかけて作ってくれていると思うと…それが、ちょっと重いな…と感じてしまったこと…

何度も何度も昔の写真を見ながら…同じ話を聞かなきゃいけなくて…
話し足りなさそうな祖母をおいて…先に寝てしまったこと…

色んな『ごめんね』があるけど…

そんな私を…いつもいつも…大きくて…明るい笑顔で受け入れてくれた祖母…

やっぱり…本当に…ありがとう…です…

祖母が好きだった、藤色の棺に溢れる程のお花と共に旅立った祖母…
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大阪の叔父や叔母を始め、大勢の方から愛された祖母…

幸せだったと思います…


祖母の孫として…恥ずかしくないよう…

私も頑張らないと…

『おばあちゃん…ありがとう…私、頑張るからね…見守っててね…

愛してるょ…』