今週は寒い日が続くここ南関東地方でしたが、今日は打って変わって暖かい”まるで”春のような陽気となりました。まだ寒気のぶり返しはあるのでしょうか、多分あるのでしょうね、油断はできません。
通勤路で!さて、前回お知らせしたように今回から新テーマ「プロジェクトの終活」をお送りします。今はやりの「終活」という言葉をつかったのは、正直に言ってキャッチーだからに他なりませんが、プロジェクトを一つの人格と見たときその終わりをデザインするというのは、実際の人間のそれと同じぐらい価値のあるものかもしれません。
終活とは言うまでもなく、これまでの人生を振り返って最後の日をどう迎えるかをデザインすることですが、プロジェクトの場合も同様に、プロジェクトを実施してきたプロセスを振り返り、評価をし、終結を宣言する「終結プロセス」に向かって行う準備活動となります。
プロジェクトが人間と異なるのは、もちろん参加したメンバーは生き続け、これまでのプロジェクトととは別のプロジェクトや仕事に移っていくわけで、いなくなってしまうわけではありません。
しかし、プロジェクトを一つの人格として見たとき、プロジェクトそのものが消えてなくなるのは、ある意味人の終わりと似ていると思います。
一度終結したプロジェクトは二度と復活することはありません。なぜなら、例え同じメンバーで、同じテーマでプロジェクトを立ち上げても、プロジェクトの環境は以前とは異なっていて、同じプロジェクトの構造とはなり得ないからです。つまり、目的設定も目標も計画もすべて異なる別プロジェクトになるからです。
もう一つ異なるのは、プロジェクトの成果が及ぼす影響は、プロジェクト終了後も続くということです。
もちろん人の場合もその存在がなくなることの影響は小さくありませんが、その範囲は基本的に身内に収まり、社会的に持続的な影響を及ぼすことは稀です。
プロジェクトの場合は、プロジェクトが終結した後もプロジェクトの成果がもたらす影響は強く、長く、広範囲に続いていくものです。
このように人にしてもプロジェクトにしても、ある存在がなくなってしまうというのは様々な影響を周りに及ぼしますが、その影響をうまくコントロールしようというのが「終活」の目的の一つではないでしょうか。
人の場合は他にも、その時に向けて覚悟を決めるためだったり、自分を満足させるためだったりと個人的な感情から発する目的もあるでしょうが、プロジェクトの場合はプロジェクトで産出した成果を毀損することなく、その効果を持続発展するためにどうするかということにあります。
次回はプロジェクトの”終活”はどのように進めていくのか、考えていくことにします。
