長崎から帰って一夜明けた北摂地方ですが、曇りで蒸し暑い朝となっています。世間ではお盆休みも終わり、いつもの通勤ラッシュが始まりました。
キットPMはチョットしたメンテナンスのために、近くの市民病院へ言ってきました。
前回、ホワイトカラーの生産性が上がらないことと、製造の現場での高効率の原因は、日本の農耕文化つまり村社会の文化にあるのではないかと考えました。
ちゃんとしたエビデンスがあるわけではありませんが、一つ補足しておくと、製造業でも生産性が高いのは、繰り返し生産を行う工場の現場で、生産管理や生産計画部門はそれほどでもないようです。
さて、ホワイトカラーの生産性です。
ホワイトカラーの仕事内容は職種によっても様々ですが、作業内容がキッチリルール化されていて、マニュアルに従って右から左に作業が可能な職種は少ないと思います。例外は経理関係位でしょうか?
マニュアル化が難しいということは、一つひとつの作業に他とは異なる要素があり、そこで情報を集め考え判断するという高度な行為が発生するからだと考えます。
これは、人がかかわれば関わるほどほど複雑になります。つまり人間はややこしいということですね。
この時私たちに御馴染みの「村の論理」で問題を解決しようとすると、どうしても関係者(時として、直接の関係がない人もいますが)全員の総意で判断する、あるいは判断した形にする事が必要となります。
このときそれぞれの利害や対立などの関係を理解して、個別の根回しや説得など、上手に調整する日本型リーダーがいると、ことをスムーズに進めることが可能になります。
ここで強権をもってトップダウンで進めたとしても、その時は表面上収まったように見えて、様々な負の感情が淀んでしまい、後々に禍根を残すことになります。このような場面、少なからず皆さんも見たことがあるかと思います。
しかしながら、だれからも尊敬され、公平で信頼される人格を持ったリーダー(村おさ)がいない村の寄り合いでは、意見を集約することは難しく、いくら時間をかけても結論を得る事は出来ません。
このようにホワイトカラーの仕事では、合意形成に多くの時間とエネルギーをつぎ込むことになり、得られるアウトプットに比べて消費するコストが大きくなるのは必然です。
よく決断ができない日本人などと言いますが、出来ないのではなく時間がかかるわけです。しかもその原因が文化的な背景が底流にあるということになり、この問題を解決することは、ちょっとやそっとで可能なことのように思えません。
でも現在のように全ての事柄の動きが速い時代には、時間がかかるということは何もしないと等しく、ビジネス全体の効率の低下につながっていることは間違いありません。とすると、私たちの社会はますます閉塞的で硬直的で面白味のない社会に向かっていくことになりまそうです。
ではどこかに希望はないのか?次回はそこに切り込んでいくことにします。
