何時もの様に、須佐という名の其の男は、ほろ酔い機嫌で語り出した。
「晴明は道真の時代から50年位後の人間だけれど、晴明神社に祀られて、神格扱いされている所は道真に似ている。裏を返せば、其の時代の人が恐れていたって事だけどね」
祟りを恐れるが故に、神として祀る。社とは、封印の為の装置でも在るのだ。
「元々阿倍氏ってのは、天皇家から分かれて臣下と成ったとされる、古い一族な訳だ。どうも、晴明の頃に『安倍』という表記に改姓した様だがね。晴明自身も、『晴明』から『清明』に改名しているんで、何かきっかけがあったのかもしれないね。其処は、置いておくとしようや。
晴明の出自ってのも、分かった様で分からない。大阪生まれだという説もあれば、奈良の桜井だという話もある。桜井説なんて、土師氏との接点を暗示している様で面白いがね。大阪阿倍野ってのは、在りそうな線じゃないかな。
母親がね、狐だったっていう伝説があるんだよ。」
須佐はコップ酒の表面に立つ波を、興味深げに見詰めながら言った。
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人形浄瑠璃なら「信太妻(しのだづま)」。歌舞伎になれば、「蘆屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)」って御話だがね。要は、命を助けられた古狐が、晴明の父親である安倍保名を助け、恩返しをする訳だ。で、情が通って夫婦となる。間に生まれたのが、「童子丸」、即ち後の晴明だ。
ところが、やがて狐の正体がばれて、生まれ故郷である信太の森に去って行くんだな。幼子との別れを惜しんで、襖に一首の歌を書き残す。
「恋しくばたずね来てみよ いづみなる 信太の森の うらみ葛の葉」
見せ場だね。子別れの段。
歌舞伎なら、曲書きさ。下から書いたり、左手で鏡文字を書いたり、最後は筆を口に咥えて文字を書く。
歌舞伎役者ってのは、凄いもんだ。
御芝居の話は、此処迄にするとして、設定に興味が在る訳よ。
先ず、信太妻の出身地ね。和泉の国は、信太の森。和泉と言えば、「泉穴師神社」。
「穴師坐兵主神社(あなしにいますひょうずじんじゃ)」の流れを汲んでいると、俺は見ているけどね。
御祭神は、天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)と拷幡千千姫命(たくはたのちぢひめのみこと)とされている。拷幡千千姫命ってのは、女性神で、機織りの神様だ。
信太妻も、保名を助けて暮らす日々に、奥に籠って機を織るんだよね。紡織を業とした部族から嫁いで来たという証拠だと思うんだよ。要するに、天皇家が政略結婚によって、土師氏と縁戚関係を結んだという事じゃないか。
流石に其のまま皇族として縁を結ぶ訳には行かなかったので、一旦皇族籍を捨てさせた訳さ。
土師氏の流れを組む事になったので、安倍氏は天文や占いに精通して行った。
陰陽道とは、此の世の万物を司る仕組みを知ろうという学問だからね。つまりは、自然科学さ。
さて、信太妻はなぜ狐という設定になり、姿を借りる人間の名が「葛の葉姫」だったのか?
狐というのは、「人ではない」という事だろうねえ。古代では、寧ろ畏敬の念で見られていた部族だった。犬神とか、狐憑きというのは、元々そういう特殊能力を持った人々を指していたのじゃないかと。
で、「葛の葉」さ。そう、火薬製造の要となる植物さ。勿論、紡織材料としても古くから利用されていた。
「葛」を自分たちのアイデンティティとする一族がいたんだろうよ。
其の一つが葛城氏さ。
大分、キーワードが片付いてきたね。泉。葛の葉。狐。機織り。もう少し、やってみようか?
信太の森ね。「しのだ」って何か?
こりゃあ、「くしなだ」だろうね。八岐大蛇伝説に出てくる「櫛名田姫」あるいは「奇稲田姫」。読みでは、どちらも「くしなだひめ」だけどね。
話したろう? 砂鉄を取る方法の「鉄穴流し(かんなながし)」という奴をやると、段を成した水路が、最後に段々畑に成ると。嘘じゃないよ。瀬戸内に段々畑が多いのは偶然じゃなくて、此の「鉄穴流し」を散々やった結果なんだからね。出雲の鑪製鉄とも繋がるだろう?
「もののけ姫」の世界ね。先生、そういうの好きだろう?
泉ってのは、鉱山・製鉄の属性と、紡織産業の属性を兼ね備えていたって事さ。
鉄と草の故郷なんだよ。そして其れは、古代に於いて富を築く礎だった。
そもそも泉とは、「出雲」に繋がる名なんだろうさ。「八雲起つ出雲」と言われるのは、製鉄業で盛んに炭を焼いたからだしね。現代でも刃物産業で有名な堺なんて、「和泉の国の堺」にあるから「堺」なんだからね。
戦国時代に鉄砲を作るのなんて、当たり前の話だわね。
話が逸れちゃったね。是で大方のキーワードは片付けた格好なんだけど、もう一つ厄介なのが在るんだよね。
信太妻伝説で幼児として描かれている晴明の名は、「童子丸」とされているんだ。
是が、何故かって話。
子供だから童子ってのは、安直すぎるよね。平安時代ならさ、子供じゃない「童子」が一杯いたじゃない。其れこそ、晴明が退治に一役買った「酒呑童子」とか、「茨木童子」とかね。
やさぐれた若者が、非行に走ったって話じゃないと思うのよ。そんな奴に、都の役人が手を焼くかっての。
是はさ、「童子のような格好の奴」って事じゃないかと思う訳よ。そりゃ何だと言われると、「おかっぱ」じゃないかと思うのさ。昔で言うなら、「禿(かむろ)頭」ね。そう、ザビエルみたいな奴。
ざんばら髪で暮らしている集団がいたんじゃないのかねえ。そいつ等がやたらと強くてさ。
「人とは思えない」訳さ。
そもそも「河童」って、そういう連中がモデルになったんじゃないの? ああ、又、話が逸れちまった。
土師氏の一族にも、はみ出し者がいたんだろう。そんな奴らを退治するには、同じ力を持つ晴明にでも頼らなければ、どうにも成らない訳だね。でも、晴明も同族を自ら殺すのは、心苦しいだろう。
だから、最後に討ち取るのは源頼光って、源氏の人間が表に立つ。
面白いのは、頼光の子分に坂田金時がいたっていう伝説だ。即ち、「金太郎」さ。
ね? 金太郎こそ、「子供の見た目なのに、滅茶苦茶強い」っていう設定じゃない?
同じでしょ? 童子丸なのよ。
是は、頼光が土師氏の一族を手下にしていたっていう事でしょう。
頼光は摂津源氏と呼ばれる系譜を作る事に成る位で、摂津を本拠としていた血筋。詰まりは、大阪さ。
晴明の出自と重なるじゃない。摂津源氏と安倍氏が、タッグを組んでいたって事さ。
どう? 安倍晴明の生まれに纏わる御話。
こんな感じで、如何でしょう?
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須佐は話を止めると、熱燗の御代わりを要求してきた。是で最後にして呉れと言い乍ら、注文を通してやる。
「『うらみ葛の葉』か……」
私は、氷だけになったハイボールのグラスを、くるりと回しながら呟いた。
「うらみ」は、「恨み」ではなく、「裏見」の事。葛の葉は裏が白いので、風で翻ると其の白が目を引く。其処から始まって、「裏見草」という別名を持つ。
しかし、……。
「『恨み』も、在ったんじゃないかな? 信太妻には……」
奥に籠って、機を織る。決して、表に出てはいけない人間。いや、「人ではない」と言われる存在。
力を発揮すれば、「童子」と呼ばれ、物の怪扱いされる存在。
「物の怪を超えるために、道真は天神になったのかもな」
鬼であるよりは、雷神となる事を選んだのか?
「……とおりゃんせ、とおりゃんせ」
コップの縁を頬に当て乍ら、須佐が童歌を口ずさんだ。「天神様の細道じゃ」という歌詞が出て来るからか。
「行きはよいよい、帰りはこわい、か……。なあ、先生。此の歌、色んな解釈があるけどさ、俺は天神に仕える使徒達が歌い始めた様な気がするんだ」
「どういう意味だい?」
「天神様の細道ってのは、天神に仕え、世に尽くすという生き方の事さ。厳しい道だね。行きはよいよい、帰りはこわい。此の道に入るのはいいが、戻る道は無い、険しい道だぞという事じゃないかな」
歌は最後、「こわいながらもとおりゃんせ」で、終わる。
覚悟在る者のみ、此の道を進めと言うので在ろうか。
「安倍晴明はさ、清明って改名したんだよ。覚悟を決めたからじゃないのかな。『晴れ晴れ』として生きる道よりも、『清く』生きる道。そっちを選ぼうってね」
「たとえ、同族と戦う事になっても、か……」
其の生き方に辛く成った時、清明は信太の森を訪ねたのではないだろうか。
清々と風に踊る、葛の葉を眺める為に。
恋しくばたずね来てみよ いづみなる 信太の森の うらみ葛の葉
其れは、己のアイデンティティを思い出せという、先祖からのメッセージなのかもしれない。
御前の帰る場所は、此処に在るというーー。
(完)