「鉄と草の血脈-天神編」■第二章:火雷天神 | 「藍染 迅(超時空伝説研究所改め)」の部屋

「藍染 迅(超時空伝説研究所改め)」の部屋

小説家ワナビーの「藍染 迅(あいぞめ じん)」です。

書籍化・商業化を目指し、各種コンテストに挑戦しながら、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ、アルファポリスなどに作品を投稿しています。

代表作は異世界ファンタジー「「飯屋のせがれ、魔術師になる。」。

■第二章:火雷天神
 
集団全体が梅であり、その長個人も梅と呼んだ。
 
時に庭の梅の木に語り掛ける体で命を下す事があり、それがそのまま彼らの名となった。
 
「梅よ、彼の家の災いの元を調べて参れ」
 
相談者達は自分すら知らぬ家内の秘密を、道真から告げられる事もあった。
 
「我が家の梅の精が調べ来る事にございます」
 
道真はそう告げる事にしていた。
 
現実には梅一族が隠密裡に探り出すのであった。
彼らは独特の体術と、諜報の術を持っていた。
 
透破、乱破の前身と言って良い存在であった。
 
道真が特別であったのは、仕掛の細かさだけではない。
彼には「大仕掛」もあった。
それは当時誰も知らない、革新的な技術であった。
 
「火薬」である。
 
歴史上、日本人が火薬に出会うのは元寇との戦いにおいてである。
元軍は「てつはう」という原始的な火薬兵器を使用したと記録されている。
 
火薬に導火線をつけた投擲弾の様な物であろう。
 
道真の時代は9世紀の後半であるが、当時既に大陸では火薬が広く使用されていた。
 
菅原家は学者の家系である。
唐の文献を研究し尽くしたと言える。
 
更に彼らの祖先は土師氏であった。
 
古墳を築き、砂鉄を集めて鉄を鍛えて来た。
土を遣い、火を操る。
土木技術と共に、化学の技術も発達させていた。
 
火薬の製法、使用法を記した漢籍は難解であったが、菅原氏は粘り強く探求を続けた。
 
火薬その物の製法はもとより爆発力を高める添加物の配合、様々な用途への応用法等を飽く事なく研究して行った。
 
土師氏の本業である鉱山の掘削、そして砂鉄採取法「鉄穴流し」の水路開掘へ密かに応用したのだ。
 
そして生まれたのが、「天龍」「地龍」と名付けた火薬兵器であった。
 
天龍とは竹筒に火薬を詰めた、ロケット砲の様な物であった。爆発力を高めるため、先端には火薬を充填した鉄丸を仕込んでいた。
 
地龍とは地崩れや鉄砲水を自在に起こす秘術であった。
水路開掘技術と同根のそれは、地形、水脈を読み、ここぞという所に火薬を仕掛ける事を内容としていた。
 

鬼が跋扈すると言われた平安時代である。夜盗や強盗の類は後を絶たなかった。
 
ある夜、道真を乗せた牛車を盗賊が囲んだ。
 
賊は六人。手に手に太刀や鉈を翳して牛車の行く手を遮った。
 
道真は、牛を牽く御者の他に僅かに供を一人連れているだけであった。
供の腰には太刀はなく、御者に至っては腰の曲がった老人であった。
 
「騒ぐな!金目の物をすべて置いて行け。牛車も俺が貰ってやろう」
 
頭目と思しき男は、供の若者に太刀を突きつけて脅しに掛かった。
 
「主様、如何致しましょう?」
 
若者は落ち着いた声で、牛車の中の道真に声を掛けた。
 
「梅若よ、金目の物が欲しいと言うなら、何時もの通り呉れてやりなさい」
「畏まりました。」
 
梅若と呼ばれた若者は、目の前の太刀が見えぬかの様に落ち着いて辞儀をした。
 
「お前は目を閉じていなさい」
 
最後の言葉は、御者の爺に向けた物だった。
 
御者の老爺がしゃがみ込んだのを見届け、梅若は懐に手を入れた。
 
恐れ気のない振舞に呆気に取られつつも、所詮は多勢に無勢である。賊達は梅若が金を差し出す物と思い、次の動作を待っていた。
 
「ふんっ!」
 
梅若は一気に懐から右手を抜き出し、頭上に突き上げた。
奇怪な事に、同時に己の両眼を左腕で堅く覆っていた。
 
次の瞬間、無言の気合いと共に右手に握った何かを地面に叩きつけた。
 
「轟!」
 
凄まじい爆発音と共に、真昼よりも明るい閃光が賊達を包んだ。
 
「!!!」
 
賊は一人残らず目と耳の機能を奪われ、その場に立ち竦んだ。
何が起きたのか理解出来ず、脳は機能を停止している。
 
目を開いた梅若は懐から短刀を抜き出すと、一人また一人、賊の首筋を切り裂いて行った。
すいすいと漁師が魚を捌く様な気軽さで、血管に当てた刃を引いて行く。
 
「うっ!」
「ぎゃっ!」
 
切られた者は声を上げ逃げ惑うが、他の者には見えもせず、声も聞こえていない。
ただ真っ赤に染まった視界の中、耳鳴りが激しくするばかりである。
 
二十を数えた頃、若者は牛車の側まで戻っていた。
息を切らせていないばかりか、血しぶき一つ浴びていなかった。
 
「済んだか?」
 
牛車の中から声が掛かった。
 
「申し訳ございません。咄嗟の事で我が耳を塞ぐ事が出来ませんでした。暫くお声が聞き取れません」
 
御者は目を覆い、蹲ったままだ。
 
「良い。暫く待とう」
 
最早立っている賊はなく、大量の血を失って地面に蠢くばかりだった。
 
梅若と御者の聴力が戻るのを待って、道真は出発を命じた。
道を塞いだ六体の死体は、既に梅若が片付けてある。
 
「物騒な世の中よ…」
 
道真の呟きが、牛車の音に消されて行く。