「鉄と草の血脈-天神編」 ■序章 | 「藍染 迅(超時空伝説研究所改め)」の部屋

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小説家ワナビーの「藍染 迅(あいぞめ じん)」です。

書籍化・商業化を目指し、各種コンテストに挑戦しながら、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ、アルファポリスなどに作品を投稿しています。

代表作は異世界ファンタジー「「飯屋のせがれ、魔術師になる。」。

■序章:
 
私はぼんやりしていた。
 
三杯目の熱燗を頼んだ所だ。

その日は寒かったので、始めから燗酒で飲み始めた。
漸く体が温まり、安酒で脳が痺れ始めた所だった。
 
その男がカウンターの隣に座ってきたことにも、始めは気づかなかった。
 
「あんた、物書きさんだろ?」
 
何度目かの問い掛けで、漸く自分が話し掛けられていることに気がついた。
 
面倒だなと、正直思った。
 
初対面の人間と話をするのは苦痛だ。
いや、初対面でなくともなるべく人とは話したくない。
 
聞こえない振りをしていたが、物書きかと聞かれたことが気に掛かった。
 
確かに私は物書きの端くれである。
物書きらしきことをしているというべきか。
小さな雑誌やフリーペーパーに、どうでも良い記事を書き殴って何とか生計を立てていた。
 
「気になるだろ?」
 
男は返事がないのも気にせず、話し続けていた。
 
「何で分かったか、知りたいかい?」
 
図星ではあったので、初めて私は男に目を向けた。
ナイロン製の綿入りジャンパーに防寒ズボン、ニット帽を被った出で立ちは、寒空に屋外で働く職業を示していた。
 
「そうやって視るからさ」
 
男は私の視線を気にもせず、そういった。
 
「あんた、店に入ってきたときも、店の中を見渡したろ?何か変わったことがないかってな。
意識はしてないんだろうが、「観察」ってのが癖になってるんだな」
 
「それだけで物書きってことになるかな」
 
会話する気はなかったが、取りあえずそう聞いてみた。
 
「俺は店の奥にいたんだけどね。時々電子手帳みたいな物を取り出して、何やらメモってたじゃない?
思いついては何かを書き留めている風だったんでね」
 
男のいう通りだった。
正確には「PDA」だったが、それを蒸し返すと話が面倒になる。
 
「おたくも人を良く観察しているようだけど。
そっちも物書きかい?」
 
相手の年齢はよく分からなかったが、態度の軽さから自分より年下だろうという気がした。
 
「物書きに見えるかい?この手で?」
 
ごつごつと節くれ立った手を突き出しながら、男がいった。
 
勿論そうは見えない。
第一体が逞しすぎる。
 
「あんたが場違いなんで、気になっただけさ。
こんな安居酒屋でコップ酒を飲るインテリさんてのも珍しいんでね」
 
私としては珍しいことではなかったが、その店で飲むのは初めてだった。
 
私の酒が運ばれてきた。
 
「なあ、面白い話を聞きたくないかい?」
 
男の手元には酒がない。
私のコップに目を据えながら、男はいった。
 
「一杯飲ませてくれたら、聞かせてやるんだけど」
 
何故その気になったのか、分からない。
多分面倒臭かったのだろう。
男の雰囲気に、若干興味を持ったせいかもしれない。
 
出されたばかりのコップ酒を枡ごと押しやりながら、私はもう一杯熱燗を注文した。
男は嬉しそうにコップを口に運んだ。
 
「悪いね。ついでといっちゃ何なんだけど、何か摘みも貰えるとありがたいんだが。
何、冷奴でいいんだ」
 
私はカウンターの中の主人に、目で注文した。
 
「話せるね。俺の名前はね、そう須佐っていうことで覚えておいて。この辺じゃ顔が売れてるから」
 
男の冷奴が出て来た。
 
須佐と名乗った男は、削り節と生姜の上からたっぷり醤油を掛け回し、豆腐に箸をつけた。
 
「血圧高いんだけどね、醤油の味が好きなんだよ」
 
ごつい手の割には、器用に箸を遣って豆腐を口に運んでいた。
 
「あんた歴史は好きかい?好きそうな顔をしてるよ。
俺の家は旧い家系でね。代々伝わる口伝てのがあるんだよ」
 
「菅原道真って、知ってるだろ?」
 
男の長い話が始まった。