「御土居と利休」 | 「藍染 迅(超時空伝説研究所改め)」の部屋

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小説家ワナビーの「藍染 迅(あいぞめ じん)」です。

書籍化・商業化を目指し、各種コンテストに挑戦しながら、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ、アルファポリスなどに作品を投稿しています。

代表作は異世界ファンタジー「「飯屋のせがれ、魔術師になる。」。

1. 都の鎮護:
 
天正十九年正月、祝い事が一区切りついた所で、石田三成は秀吉に呼び出された。
 
「御呼びで御座いますか」
 
秀吉からの答は無かった。
せっかちな秀吉の事、常であれば前置きも抜きに用を命じられる事が多かった。
 
顔を上げながら、屠蘇を祝いすぎて酔いが回っているのかと、三成は様子を窺った。
 
「!」
 
秀吉は土の様な顔色をしていた。
目は虚空を見つめ、掻き毟ったのだろうか、鬢もほつれていた。
 
「上様?」
 
声を掛けると、秀吉は漸く我に返った。
 
「三成、参ったか。早速に奉行申しつける作事がある」
「はっ」
 
三成は懐から帳面を取り出し、書き付けの用意をした。
 
何の御用でしょうかなどと、間抜けな問い掛けはしない。
勘の悪さを秀吉が一番嫌うと言う事を、知り尽くしていた。
 
「都を守る堤を築け」
 
掠れた声で、秀吉が工事の内容を語り始めた。
 
それは南北二里、東西一里程にも及ぶ長大な土塁であった。
 
驚きを顔には毛ほども表さず、三成は帳面から目を上げた。
 
「して、高さはどれ程に?」
「三間は土盛りせよ」
 
そこで、ぐっと唾を飲み込むと、秀吉は次の言葉を口にした。
 
「大砲を撃ち込まれても崩れぬ様、厚く造れ」
 
それから四半時ばかり、秀吉は図面を示しながら細かく工事の内容を指図した。
水脈に近き所は氾濫に備え、より高く築き上げる事。その様な場所には堤の内部に、石仏を埋め込む事。
 
「石仏、で御座いますか?」
 
流石に三成も聞き返さずにいられなかった。
秀吉が惚けてしまった疑いもある。
 
「狂うてはおらぬ。障り除けに仏を埋めるのだ」
 
三成は帳面を置き、居住いを正した。
 
「伺っても良う御座いますか」
「申せ」
「これは誰に対しての備えでありましょう」
 
秀吉はこの問いを予期していた様であった。
 
一度目を閉じてから、長い息を吐き出した。
 
「都を龍から守る為じゃ」
 
2. 天神の末裔:
 
「まず利休の事を、御前に聞かさねばならぬ」
「茶頭の、で御座いますか?」
 
さしもの三成にも、話の行方が見えなかった。
 
「利休は唯の茶人ではない」
「嘗ては上様を色々お助けしていたと、弁えております」
 
じろりと、秀吉の目が三成の全身を舐めた。
 
「堺商人の差配、政の公案、金の工面、その様な事を申しているのではないぞ。
利休には裏の顔がある」
 
自分に勝る奉行はいないと自負する三成は、利休何するものぞと思いながらも、秀吉の言葉を待った。
 
「利休めは天神の裔じゃ」
「てんじん?」
 
思わず、三成は間の抜けた相槌を打ってしまった。
 
「菅原道真公の血を引く者だと申しておる」
 
鼻を鳴らす様に秀吉は告げた。
 
「それだけではない。利休には、否、利休の一族には使い魔がついているのだ」
「--」
 
「信じられぬか?
神だ仏だ言うとるんは、物の喩えだがね」
 
開き直った様な、秀吉の物言いであった。
 
「利休の手下は恐るべき術を使う。
白日自在に雷を走らせ、或は水脈を操って大水を出す」
 
三成の目には、まだ疑いが宿っていた。
 
「儂はこの目で見た。
奴らは安土城の天主を粉々に吹き飛ばした」
 
山崎の戦いの後、旧主信長を暗殺した時の事であった。
思えばあれは、秀吉に対する脅しであったか。
 
「利休が動けば、大坂城とて一日で落ちる!」
「一体どの様な技を使えば、その様な事が…?」
 
「火薬よ」
 
物に憑かれた目をして、秀吉は答えた。
 
「儂も良くは知らぬ。だが、奴らは火薬を仕込んだ火矢の如き物を飛ばして、数十間先の城郭を吹き飛ばす事が出来る」
「その様な威力のある火薬など、聞いた事がありませぬ」
 
三成は驚きを隠さなかった。
 
「奴らの秘伝よ」
「伊賀でも甲賀でもないと?」
 
秀吉は腕を組んだ。
 
「奴らは土師氏の出自よ」
 
「おお、確かに道真公も」
「先祖は土師氏と伝えられていよう」
 
「ならば薬師もおり、土木にも通じておりますか」
「その事よ」
 
秀吉は、もう一度顔色を暗くした。
 
「奴らは地脈水脈を読み、火薬を使って地崩れや大水を自在に起こせると言う。
去年、山上宗二を責め問いに掛け、吐かせた事だ。
途方もない話だが、信じざるを得ぬ」
 
秀吉は、大きく目を見開いた。
 
「彼奴らは二頭の龍を使うと言いおった」
 
「一の龍は天龍。その力を神雷(かみなり)と言う。
二の龍は地龍。その力を神流(かんながれ)と言う」
 
「菅丞相はその昔天龍を自在に操り、天神と呼ばれたのだ」
 
三成は絶句した。
 
3. 御土居造成:
 
利休が徳川方につけば、豊臣家は滅びる。
その事実が三成の肺腑を抉った。
 
「一日も早く土塁を築き上げまする」
 
「差配は総て御前に任せる」
「はっ、では早々に手配を」
 
下がろうとする三成を、秀吉が呼び止めた。
 
「今一つ。
賢くも御所をお守りする堤である。
『御土居』と名付けよ」
 

三成が下がった後、秀吉は独り内心に怒りを燃え上がらせた。
 
「今に見よ利休。双龍の秘伝、必ず吐かせてくれるわ」
 
4. 木像仕置き:
 
驚くべき早さで御土居の構築を進めながら、三成は秀吉の意を体して利休を責めた。
 
利休を貶める噂を巷に流し、あらぬ罪を着せた。
 
そうして密かに屋敷を訪れて、双龍の秘密を聞き出そうとした。
利休本人や、家族の命を奪う事を仄めかしながら。
 
しかし、利休は口を開かなかった。
業を煮やした三成は、更に攻撃をエスカレートさせた。
 
二年前大徳寺三門修理に寄進を行った際、大徳寺側が利休の木像を三門上に置いていた。
 
三成は、門を潜る秀吉に不敬を働くものだとして、利休に堺への蟄居を命じた。
 
直接攻撃の開始を宣言したのであった。
 
二月二十五日大徳寺三門の木像を引き出し、一条戻橋にて磔にして見せた。
 
「お前も同じ目に遭わせるぞ」と言う脅しに他ならない。
 
この日は道真の祥月命日であった。
天神一族を根絶やしにする覚悟を示したものである。
 
利休は却って態度を頑なにした。
死を覚悟した反抗と思えた。
 
この上は拷問に掛けるしかない。
 
「天神の血は何色か。しかと見届けてやろうぞ」
 
三成は非常の決意を固め、利休を京に呼び戻した。
 
5. 仕舞いの茶:
 
聚楽第利休屋敷内の茶室である。
 
利休は茶を点てていた。
 
既に心の迷いはない。
 
一度は神雷の行使を欲したものの、今にして見ると愚かな願いであったと分かる。
 
「所詮はこの身一つの事」
 
囲炉裏に向かえば、即座に透徹した心を得られる利休であった。
 
何よりも、堺から戻る際に目にした京の景色が、利休の心を冷めさせていた。
 
都は見苦しい御土居の陰に埋もれていた。
異様な光景は、秀吉の最期を物語る様に思えた。
 
籐吉郎、老醜を晒すが良い。
百年後、人は枯れ木に怯える老人として御前の姿を思い起こす事になる。
 
今はそれさえも念頭に無い。
利休は茶の湯に没入していた。
 
茶を点てる。
その事に己の総てが働いていた。
 
茶を供し終えると、利休は茶道具一つ一つを丁寧に清め、収めた。
その所作には何の気負いもなく、かつ一つの無駄もなかった。
 
茶を振る舞う、ただそれだけの行為を芸術に高めた、その余韻が茶室に漂っていた。
 
「良き点前で御座った」
 
客である有楽が言った。
 
6. 千年の命:
 
「こんなものでしょうか」
 
微かな笑みを口の端に浮かべ、利休は言った。
 
「御主の茶は千年の命を得た」
「数寄の道を通せただけで本望でございます」
 
有楽は目を閉じて、少しばかり小首を傾けた形で座していた。
 
茶室の空気が柔らかく膚を包んでいた。
 
「猿は猿だで。あれも馬鹿ではないのだが、昔から気が小さいで見苦しい」
「御威勢比類無き関白殿下に御座います」
 
「ふん」
 
有楽は遠慮無しに胡座を掻き、顎の辺りの髭を抜き始めた。
 
「夜も眠れぬ事であろうよ。何時家康に寝首を掻かれるかとな」
 
「正面切っての戦では共倒れとなりましょう」
「ならば、敵は本能寺と参るが良かろうのう」
 
利休は端正な正座姿を崩さなかったが、その場の空気は悪戯を企む童子の様なものになった。
 
「余程に夜討ちが怖いと見えて」
「御土居の陰でかくれんぼ」
 
「ほほ」
「ふはは」
 
「怖がりの餓鬼大将は始末に負えぬ」
「仕置きの仕方に工夫が要りますな」
 
利休は落ち着いて答えた。
 
「龍は使わん。許せ。
ちと時が掛かるが、きちんと仕舞いをつけたい」
 
「茶の湯の様に、で御座いますな」
 
有楽はこくりと頷いた。
 
「家康は家康で、勘の鈍い男だからな。
ゆっくり仕掛けてやらねば、自滅するかもしれん」
 
「本能寺では、その気があるなら光秀を待たず、自ら儂を討ってしまえばそれまでだったに。
なまじ機を活かそうとして動きを誤った」
 
「正しく武を布くには随分と手間が掛かる」
 
利休は畳に手を突いて答えた。
 
「急いてはならじと言う事、茶の道も同じ。
後の事は有楽殿にお任せ致します」
 
「承知した」
 
二月の夜は深々と更けていた。
 
7. 利休の首:
 
二人は庭に出ていた。
 
空に月はなく、茶室から漏れる僅かな灯りが頼りであった。
 
「それではお願い致します」
 
利休はそこが茶室であるかの様に、静かに土の上に正座した。
 
有楽は無言で背後に回ると、刀を抜き払った。
 
「一つお頼みして良う御座いますか」
 
遊びをねだる様な利休の声であった。
 
「この首、一条戻橋の木像に踏ませて下され」
 
「何?--そうか。
猿め、目を白黒させて狼狽えるであろうよ。雷が鳴る度に布団を被ってな」
 
利休は梅の花が綻ぶ様に、微笑んだ。
 
「右府様、茶の支度が出来ております」
 
一閃、利休の首が庭に落ちた。
 
「ゆるゆると馳走になろう」

 
植え込みの陰に平伏した梅の姿があった。
 
8. 天龍の涙:
 
千利休の首が一条戻橋に晒された日、朝からの雨に雷鳴が切れ目なく轟いていた。

 
不思議な事に、稲光を見た人は一人もいなかったと言う。(完)

 
これはすべて想像の産物である。
 
[この物語はフィクションであり、登場する人物・団体等はすべて架空のものである。]