井上ひさしが没して早半年が過ぎた。氏の戯曲、あるいは舞台作品創作の背景には膨大な資料収集があったことは広く知られているが、戯曲だけ読む田舎読者としては時折挿入される説明的な台詞の羅列が衒学的で鼻につくような感があったことも否めない。

 『父と暮らせば』は、氏の衒学的な傾向を遠く離れ、戦争(原爆)で「生き残ってしまった」人々が前を向くまでを描いた作品で、以後の東京裁判をテーマにした作品群の先駆けとなったともいえるもの。ただし、多くの井上作品と異なり音楽劇の要素は皆無。死んでしまった父あるいは死者全般へのわだかまりから、恋つまり生きることに積極的になれない主人公の心情の変化を、いるはずのない父との対話から描き出している。

 死者との対話で主人公の心情の変化を描く、あるいは状況を説明する手法は、氏のつくった劇団こまつ座の旗揚げ作品となった『頭痛肩こり樋口一葉』と同様。ただし、『父と暮らせば』のそれは、女性の生きづらさを反映させた『頭痛肩こりー』の幽霊よりも、肉親として描かれているため自然に感じられる。

 氏の作品としてはめずらしく恋がストレートに描かれているのも特徴。主人公に好意を抱く青年が、好意を示す代わりにまんじゅうをプレゼントするなどほほえましいエピソードも読んでいて楽しい。




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