2012年
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第88回箱根駅伝では、東洋大学が10時間51分35秒という大会新記録で圧勝する。この記録は大学駅伝ファンの度肝を抜くものだった。
―――ここで、箱根駅伝の大会記録について少々ふれておこう。
第70回大会において、大会史上初めて11時間をきって10時間59分12秒で優勝したのは他ならぬ山梨学院大学であった。これは私が小学3年生のときのことであるが、この頃私の精神状態と山梨学院大学の成績には明らかに関連性はない。
その後10区のコースが変更され、距離が1.7kmほど延長された。タイムにしていえば5分~5分半ほどの影響がある。また、5区・6区のコースも少々変更されたが、こちらはタイムにはほとんど影響ないものである。
新コースで行われた最初の大会、第76回大会で駒澤大学が11時間03分17秒というタイムで優勝する。この新しいコースでの大会記録はコース延長分を加味すれば、実質的にも山梨学院大の以前の記録を上回っている。
この駒澤大学の記録は長く残ったが、第87回大会で11年ぶりに更新される。優勝校早稲田大学の記録10時間59分50秒は、距離延長後初めて11時間を切るタイムだった。
この翌年、88回大会での東洋大学の記録は、前年の早稲田大の記録をなんと8分35秒も上回っていた。
11年かかって3分半程短縮されたと思ったら、そのわずか1年後に更に8分半以上更新されてしまったわけである。
この新しい記録は、2014年に決まった5・6区のコース変更に伴い、参考記録扱いとなったが、その価値は色褪せるものではない―――
さて、山梨学院は11時間12分38秒9位という結果で、2年ぶりにシード権を獲得していた。この結果はさまざまな意味で私に安堵感をもたらした。
第一には「心はプルシアンブルー」がつながったことに対する安堵感である。
私は常日頃、自らの精神状態が箱根駅伝の山梨学院大学の結果に反映されることを信じているが、箱根駅伝の最中は別である。もしかしたらすべて妄想で、全然別の結果が出るかもしれないと思い、ドキドキする。その緊張感は自分が箱根駅伝を走っていると錯覚するほどに激しいものである。
9位という結果は予想していた7位よりも悪かったが、タイムが良かったことやシード圏外とのタイム差を考えれば、充分に想定の範囲内だった。「心はプルシアンブルー」はゆらぐことなく翌年度につながった。
第二にシード権を獲得したことに対する安堵感である。耳鳴りが始まったのは前年度だったので、それ以降では初めてのシード権獲得だった。
耳鳴りが精神に影響に当たる影響の大きさの程度というのは、実は私にもよく分からない。時に耐えがたく感じられることもあるし、時にはどうということはないように思える。
ちなみに耳鳴りが精神に与える影響は人によってずいぶん異なるらしい。耳鳴りを苦にして自殺する人もいれば、まったく気にしない人もいるそうである。私に関して言えば、その中間にあたるように思う。
2011年の幸福度は21.5という数値だったが、もし耳鳴りがなかったらどれくらい加算されたか、というのはなんともいえないところである。ただ、耳鳴りがなかった頃のことが、たまらなく懐かしく思え、昔に戻りたいと思う時があるのは間違いない。そしてその願いが死ぬまで叶わぬであろうことに深い悲しみを感じるときがあることも確かである。
耳鳴りを治す治療薬は現状では存在しないそうである。
薬ということでいえば、よく相撲などで、スランプになった勝負師には白星が最大の良薬という言い方をする。私にとっては、山梨学院が獲得するシード権が最大の良薬である。耳が鳴ってもシード権を取れるという自信は私にとって大きな力になった。
第三に、タイムが良かったことに対する安堵感である。11時間12分38秒というタイムは至近6年間では山梨学院にとってもっとも良いタイムだった。
2011年に入ってぶっかけなどの異常行為が習慣として定着した。これらの行為は、苦しみを内にためこまず、外にむけて発散することで精神の安定を保とうとするものである。そうした行為を繰り返すうち、ある懸念がうまれていた。
(こうした行為は咳が与える不快感を他人に押し付けて、自らの心を守ろうとする行為といえる。箱根駅伝にたとえるなら、他大学の足を引っ張って、自らの順位をあげようとするようなものである。
他大学にブレーキが発生すれば、山梨学院大の順位は上がり、私の精神状態にはプラスになるだろう。しかし私はそんなことは望んでいない。ぶっかけがそうした状況をもたらさないだろうか)
この不安はまったくの杞憂であった。山梨学院の11時間12分38秒は過去9位校の記録としてはもっとも良いタイムだった。
ハイレベルな大会の中でシード権を獲得したことで、ぶっかけも問題なし、と意を強くしたものだった。
尚、神奈川大学は2年連続の15位だったが、11時間20分22秒と前年よりタイムを落としていた。そのことは海外小説の読み方を工夫して神奈川大のタイムをあげる試みの失敗を示していた。