そうね~。どちらが上か、それを追求する事は、まちがってる。



徹底的に、自由を、奪う事になるわ。



競争は、良いと思う。



競争とは、相手を、賛美出来るから。



最高のライバルは、最高の親友になる可能性を秘めている。











私はスピ世界で、間違っていると思っているのは、



霊的能力が、上だから、あんたより、霊的に、俺が、私が上である。



その観点が、全く間違っていると昔から思っている。





幽体離脱出来ようと、透視できようと、テレパシーで、いち早く危険や、未来をしらされようと、龍を持とうと、



これは、本当に個人的能力のひとつでしかないと思う。



よく、地震の前に自分に~が起きる。



それは、あると私は思っているが、それにより、自分は特殊で、尊敬されるべき立場だとなる心が間違っている。



全く間違っている。





この、誘惑の、分岐点を、きずかなければ、大変だとずっと思っている。





簿記やソロバンが出来たり、リアル世界の努力や能力を伸ばす事や、人に我欲なく、どんな親切が出来るか?などに、価値があり、



霊的能力で、人格が、決まる事はない。



だから、既存の、僧侶や、神主、牧師、そう言う立場の人々にも、同じ事、または、彼らも、その誘惑を、見る人々と、そうでない人々がいると思う。





以前、僧侶と深く話した時、彼は、仏教は、哲学で、見えない世界を否定している。







それは、多分、見えない世界には、多くの人のエゴイズムを、掻き立てるものが、存在するからなんじゃないか?



と思っている。





私の師匠に、私はきつく注意された事がある。



ある人物を、私は、納得していないのに尊敬した。



最初は、単に好きになったのだが、



その人物の語り口調、それは、私は、上。

つまり、話す人々は、下、。



それが、彼らの習慣なんだと思う。







納得していないのには、その人物、事の手法、

自分の、言っている事を、くるっと変える事を、霊的魂の上下とした事だ。



私は、こう言う事を、納得出来ない。



例えば、暴行をして、魂が上は、許される



そんな事は、私は、納得しない。



魂が上だと言うなら、そのエゴイズムは、普通の人間より、ずっと重いはずなんだ。



なのに、尊敬するのは、間違っている。



私は、その人物の霊的能力、それを持つから上の人だと、思い込んでいた。



しかし、この、人物に憧れた事は、ない。畑が違うからだ。



私にとり、好きな友人、そう思っていた。



その人物は、私を友人だとは思っていない。勝手に下のもの、にしてしまっていた。







しかし、霊的能力を、凄い事と思っていた私を、



師匠は、ただの、電波系を、

仰ぎ見るような真似はやめろ!と、

私に、きつく注意してくれた。







今は、勿論リアル世界の価値基準、善悪。その上に、霊的視点だと思っている。



この、霊的視点は、これも、哲学、そう思っている。



この地図があれば、妙な電波系に惑わされる事はない。





しかし、見えない世界は、私は、個人的には楽しい探訪だとは、思っている。



マジかよ!( ・∇・)の世界。



最近は、



霊的世界の理解を、私の信じる宗教にもとずき、組み換え中。



思考、智識、それを勉強してる。



ちょっとずつ。



だって、内容が濃すぎるんだもん。