今日の夕方、友達と話をした。
僕からすると友達の友達にあたる女の子がリストカットを
するんだって。
僕は友達と、「めんどくさいよねー」と一緒に笑った。
そして僕は友達と別れた。
で、しばらくその女の子のことを考えてみた。
彼女は手首に刃をあてる時、何を考えるんだろう。
血を見たいのかな?それとも、痛いのが好きなのかな?
全く想像がつかない。
常識的に考えると実にくだらない行為に見える。
確かに、笑い飛ばすのは容易だけれど
そこで思考停止するのはフェアネスに欠けるし、
そもそもそれでは彼女を理解するのは永遠に不可能に
なっちゃうんじゃない?
「だって、自分の体を傷つけるなんておかしいよ。」
君もそう思うかもしれない。
だけどそれは僕らの世界の理屈であって、彼女の世界では
通用しないんだろうね。
まあ、とにかく。
僕は会ったことがないから、当たり前と言われれば確かにそうだけど
何を考えているのかわからない彼女が怖かったし、
ここで何もしないのはディセンシーに欠けるなーと思って
自分で行動してみることにした。
・・・
まず、僕の机の(最近ではほとんど物置になってるけど)
引き出しを開けてみる。
うーん、ごちゃごちゃしてるな。
僕は机の引き出しをクッキーの缶で整理してるんだけど、
右手の白い缶のブロックにお目当てのカッターナイフはあった。
硬いから壊れてるのかと思ったらストッパーがかかっていた
みたい。なかなか便利な機能がついてるじゃないか。
さっそく刃を出してみる。
チャキチャキチャキ・・・。
なんだか妙に短い。
刃が折れる線が入ってるところで、よんメモリ分しかない。
しかも工作用の青いやつだから細くて弱そうです。
これじゃあ雰囲気がでない・・・。
うーむ。
でもよく考えたら、まだ他にも色々必要なものがあるから
駅前まで出ることにした。
・・・
まずは文房具屋へ。
そういえばこの店ははじめて利用する。
全品定価の良心設計だ。
もう日が沈みかけてるから店内は薄暗いのに、
電気もつけてない。そのうえ埃っぽいし。
でも、ごっついカッターが置いてあった。
柄が赤と黒のマーブルみたいなダサいヤツ。
まあ、仕方がない。これで十分だろう。
これまた陰気なおばあさんに千円札を渡す。
レシートは・・・あるのか、よかった。
小銭を確認しつつ次の店へ。
で、まあ端折るけど次のものを買いました。
・布ガムテープ
・ハンカチ
・ナイキのリストバンド
・チョコレート
このなかでリストバンドが一番高かった。
900円近くしました。
あと、本屋でマニュアルを買おうかとも考えたけど、
教科書が全てではないなと思ってやめときました。
・・・
家に帰ったあとは、リストバンドを洗濯機に放り込んでから
(新しい服は一旦洗いたいタイプです)
すぐにお風呂に入りました。
手首を入念に洗おうと思って、洗顔料を使いました。
グレープフルーツの香り。なかなかステキじゃない?
洗顔料を手首につけて、ごしごし洗おうとしたら
すぐにぴりぴりと痛くなった。
やっぱり手首は皮膚が薄いのかな。
鼓動を感じると不思議な気持ちになる。
彼女もリストカットの前にはお風呂に入るのかな?
・・・
部屋に戻ってきた。
とりあえず机の上のものを全部床に降ろしました。
机の上にいらない広告を二重にして敷く。
リビングから救急箱を取ってくる。
椅子の高さを合わせて、深呼吸。
必要なものを机に並べました。
カッター
ハンカチ
ガムテープ
マキロン
脱脂綿
ティッシュ
包帯
なんだかとても綺麗な組み合わせのような気がする。
前もって救急箱を用意しているのが面白い。
カッターの刃を四つ目の目盛りまで出す。
ハンカチを刃の付け根に巻きつけて強く縛る。
ガムテープでハンカチを覆う。
これで刃は動かないし、中に血も入らないから
また使えるかもしれない。
意味があるかわからないけど、
マキロンを脱脂綿にちょっとつけてカッターの刃をふく。
濡れて黒くなったカッターの刃は怪しい光を湛える。
服の裾を捲くって手首も消毒。
さて、準備は整った。
・・・
手首を右手の親指の腹でなでてみる。
少し乾燥肌だ。そして小さなほくろがある。手のひらを開いたり
閉じたりすると、皮膚越しに腱が動いているのが見える。
僕の、手首だ。間違いない。
いざ、カッターを手に取るといろんなイメージが
頭に浮かんでくる。
どうでもいいことが後から後から湧いてくる。
きりがないから、カッターを持つ手に力を入れて
無理やり追い出す。
僕はカッターの先を手首に刺してみた。
刃がスッと入る。
何の音もしない。手ごたえもないし、
特に痛みも感じない。
けど、皮膚の表面に赤い水玉が浮き出る。
水玉は不思議な色をしていた。
うまく説明できないけど、深い色だ。
水玉はものすごい引力を持っていた。
ぐっと引き寄せられる。
僕は鼓動が高まるのを感じる。
こいつは僕を吸い込もうとしてる。
圧倒的な説得力をもった水玉だった。
こいつはこいつの論理で僕をやっつけようとしている。
僕は水玉を見たとき、この儀式を成功させるためには
こいつを倒さなきゃいけないことを咄嗟に理解した。
でも僕は水玉の伝統的な倒し方なんて知らない。
やっぱりマニュアルを買っておくべきだったと少し後悔する。
僕は水玉を舌の先でつついてみる。
口の中にしょっぱいような味が広がる。
水玉は僕の体から出てきたはずだ。
それが今度はどうだろう、また体の中に入っていった。
僕はなんだかやるせなくなって、ナイフを机に転がした。