当時の私だけかも知れへんけど


依存症当事者である私は常に自分を卑下してました


どうせオレなんて‥

オレは何をやっても‥


得意技は自分を落とすこと

なんでオレはいつも‥って自分を責めること


もちろん自己肯定感なんて低低

いやいや全くと言っていいほどあれへんかった



思い返すと

そう自分に言い聞かせてたら自分が楽だったんかも知れへん


“やっぱり”  とか “どうせ” とかが普通で、何かがあってもその表現で片付けてたんですよね


そんな自分がスリップしたら

やっぱりってなってたわけで、自分を責めそんな自分がますます嫌いになって何もかも嫌になってどんどんやる気が失せて‥


立ち直ることとは程遠い状態が続いてた




今だからわかることもあって


本音は幸せになりかったし、もっと楽しいことをしたかったし、気をつかうのは嫌やったし‥


表には出せない本音と自己否定・嫌悪の大きなギャップ


ずっとそのギャップに苦しんでたんかも知れん?


当時は自分のことでありながら、そのことに気付けへんかった


その時々の起こることをどうやってかわすか?で精一杯やったように思う



そんな思考の時に

自分を大切に‥

自己肯定感を上げようとか言われてもピンときようもないし、どないしたらええんかも分からへんかったと思う


一般に飛び交う正論を押し付けられても反感こそ生まれど、やる気は失せ出来ひん自分にへこむばかり


人それぞれ

その時々の状況でも受け取り方は違う


当事者は常に迷い子




落ち着いたから同じ苦しみを抱えた人達のために役に立ちたいという思いは強い

ますます大きくなっている


せやけど応援することは難しい


その人次第やから


でも

一人じゃないこと

本音の自分と向きあえる機会

自分を大切にするための手段を一緒に考えていきたい