年末年始、ネットにつなぐ時間があまりなく、日記はまとめ書き。
暮れの26日、下の娘が帰省。
30日に高校のクラス会があるという。
結果、私の実家への帰省は大晦日にずれ込んだ。
その間、息子は相変わらず、友人B宅をメインにたむろ。
帰宅は0時前後の日々が続いた。
大晦日、午後から私の実家へ向けて出発。
その途中で妻の実家に挨拶に顔を出す。
息子は義母、義姉、義妹から早めのお年玉をせしめる。
実家には夕方17時くらいに到着した。
とくに何をするわけでもなく、一息つく。
息子は携帯用のスピーカーを持参したらしい。
到着するや否や大音量で音楽をかけ始める。
さすがにここでは困る。 たしなめて音量を下げさせた。
その際、息子が友人Cが明日、来るってと言う。
おいおい、こっちでもつるむのか?
不穏な空気が流れるが、とりあえずやり過ごした。
我が家ではこのところ紅白は視ない。
子供たちが「ガキ使」を視るからだ。
テレビを視て、色んなものを飲み食いして新年を迎えた。
元日、寝たのは3時頃だったので12時近くまで寝ていた。
朝食兼昼食を食べ、ダラダラと時を過ごす。
どうやら友人Cの来訪はなくなったらしい。
ただし、別の友人と3日に会う約束があるのは前年から聞いていた。
ちゃんと高校生をしている中学時代の友人だ。
この夜、上の娘が合流。
家族5人が久しぶりに顔をそろえた。
ただし、上の娘は正月休みは元旦だけ。
明朝にはアパートまで送っていかなければならない。
2日、6時半に起き、上の娘を車で送る。
正月の早朝、道路はガラガラだ。
片道およそ30分、1時間ほどで実家に戻った。
私の実家は下町、自宅に風呂がない。
正月は銭湯も営業時間が限られている。
2日は午前中だけ。
妻と娘は駅伝に熱中している。
私にはその面白さがよく解らない。
なんとか区間の切の良いところで銭湯へ出かけた。
前回、帰省してこの銭湯に来たのは夏休み。
息子はまだ前校に在籍していた。
夏休み明けには髪を黒に戻し、学校へ行くと言っていた。
夏休みは暇だから早く終わってほしいとも言っていた。
しかし、今は毎日が夏休み状態だ。
仕事上がりの娘と最寄りの駅で合流し、外食。
普段食べないものを食べようとベトナム料理の店に入る。
正直、私の口には合わなかった。
この夜、ちょっと電話してくると息子は外へ出て行った。
30分ほどして戻った息子からはタバコの匂い。
誰かに見られたら私の母に迷惑がかかる。
少し、強めにたしなめる。 息子は無言だった。
3日、早朝から娘を送り届ける。
この日息子は友人と某所の「ららぽーと」で待ち合わせているという。
ここには下の娘が行きたいというショップも入っているらしい。
妻と下の娘、息子の4人で営業開始時間に合わせて出かけた。
息子はすぐに別行動。
私も買い物に連れまわされるのも疲れるので別行動。
このところ、睡眠不足が続いているので車の中で寝て過ごす。
夕方、妻たちと合流するも、息子の電話は電源が入っていない。
念のため、その日会う友人の電話番号も聞いていたが、しばし待機。
しばらくして、友人の電話から連絡が入った。
息子と友人を拾うと帰路へ。
友人の帰省先まで多少迷いながらも到着。
友人を降ろし、上の娘のアパートへ向かう。
仕事上がりの娘を拾い、実家へと戻った。
4日、またまた早朝から娘を送る。
この日は合流しないことになっていたので、上の娘とはこれでお別れ。
小柄で昔から顔色が悪い娘。 ちゃんと勤まっているのか心配だ。
アパートへ入っていく娘の背中を見送って、実家へと戻った。
この日、地元へ帰ることも検討していたが、天気予報では雪がひどいようだ。
5日は緩むという予報を信じて、戻るのは5日にすることにした。
昼食後、4人で少し離れたスーパー銭湯へ出かけた。
半分レジャー施設のようなところなので、風呂目的だと入館料が高い。
それでも私たちの目的は風呂。
息子とサウナに入ったが、私はすぐに退散。
息子はなかなか出てこなかった。
出てきた息子が言うにはジロジロと見ているおっさんがいたから、
こいつにだけは負けられないと耐えていたとのこと。
相手は単純に金髪に近い茶髪が珍しかっただけなのではと思う。
風呂から戻り、一休み。
しばらくすると娘が体調の不調を訴えはじめた。
トイレでもどす。 ノロだろうか? 熱も出て来ていた。
しばらく様子をみることにした。
翌5日、娘の体調は芳しくない。
この日は地元に戻らなければならない。
とりあえず近くの診療所に連れていくことにした。
診療所には妻が付き添った。
点滴もしたようで2時間以上の時間を要した。
結果、インフルエンザではないことだけは解った。
ノロかどうかはよく解らない。
実家でしばらく休み、午後2時頃、地元へ向けて出発した。
娘はシートを倒し、辛そうに寝ている。
移動時間は3時間半ほど。
その間、吐く事もなく、なんとか家に辿りついた。
しかし、当地は雪国。 車庫の前には除雪車が築き上げた胸までの高さの雪壁。
これを除去しないことには車庫に車を入れることもできない。
娘のこともあるので、妻には娘を連れて妻の実家へと退避させた。
息子は友人B宅へ行くとそこで車を降り、除雪の手伝いもせずに出掛けていった。
雪と格闘すること約1時間半。ようやく車庫に車を入れられる状態までにはなった。
妻に戻ってきてもいいよと連絡を入れる。
しばらくして、妻と娘は帰ってきた。
そこから更に30分。 除雪作業はトータル2時間以上に及んだ。
夕食後しばらくすると私も何やら体調に違和感を感じはじめた。
除雪の疲れかと思っていたが、どうやらそうではない。
娘の病が移ったようだ。 吐くまでには至らないがすっぱいものが上がってくる。
翌日は娘をアパートまで連れていかなくてはいけない。
早く休みたかったが、息子は帰ってこない。
リビングで気持ち悪さと闘いながら、息子を待つ。
結局、息子が帰ってきたのは深夜1時過ぎだった。
翌6日、つまり昨日。
多少回復傾向にあるものの、娘の体調はまだ芳しくない。
この状態で一人で置いてくるのは心配だが、翌日からは大学が始まる。
娘だけでなく、私も気持ち悪く、食欲が全くない。
何も口にしないまま、午後から娘のアパートへ向うことにした。
出かける寸前、友人Cが現れた。
軽く挨拶をし、我が家へと入っていく。
お互いにしばらく離れたいたのでつるみたくてしょうがなかったのだろう。
娘の車は妻が運転し、私は後方を自分の車でついていった。
駐車場の雪の様子が心配。 体調不良の中での除雪は堪える。
しかし、予想とは裏腹に娘のアパートの辺りには雪はほとんどなかった。
良い方向に裏切られ、ホッと胸を撫で下ろす。
到着すると妻はすぐに近くのスーパーに出向き、色々と買い込んできた。
娘のために食事の支度をすると、ああしろ、こうしろと娘に指示を与えていた。
顔色の悪い娘に後ろ髪を引かれながら帰路に着く。
妻が息子にLINEで連絡を入れると、どうやら息子の身体にも変調が始ったらしい。
自宅につくと、友人Cと友人B宅へ行く予定だった息子は暗い部屋で寝ていた。
吐き気もあるらしい。 いつ吐いてもいいように大きめのボールを用意する。
私自身もやはり体調が思わしくなく、食欲が全くない。
翌日からは仕事始め。
4、5日と有給を取得したので、更に休むわけにもいかない。
無理矢理にバナナを1本食べ、早々に休むことにした。
発熱があることも感じる。 しかし、体温は測らない。
数字を見たとたんに負けてしまうからである。
寝室へ向かう前に息子の部屋を覗く。
用意したボールには吐いた後。
すぐに処理し、また次の準備をして、床に着いた。
翌日、つまり今日から息子はスクーリングが始まる。
今週中のどこか1日だけ行けばいいようだが心配だ。
本当は今日、友人Cと一緒に行く予定でいたらしい。
娘や自分の症状を見れば、復調には2、3日かかるだろう。
木曜か、金曜日頃には行けるようになればいいいのだが。