私はずっと、自分の失敗や失恋などは全て自分の行いに責任があるものと思っていた。もしくは自分が生まれつき劣っていてバカだからこんな結果になるんだと思ったこともある。

 

仕事をしてても、自分の決断に自信が持てず他人からの承認がないと動けないでいた。また何かチャレンジしようとしても、どうせ私なんかという気持ちが先行して強烈なブレーキに抗えないでいた。

 

今までの人生で怒りが烈火のごとく燃え上がるのは、いつも自分の何かを否定されたとき。あれ、これって何だろうと自然に行き着いたのが、幼少のころから親に否定され続けてきたことにあると、いい年こいてから気づいて自分の愚かさを改めて悔いた。

 

私の「生物学的もしくは戸籍上」の家族は、5人で私を含め3人女だ。そして私は末っ子だ。なぜ「生物学的は戸籍上」と書くのかというと、私にハラスメントを繰り返し行ったこいつら4人を、私は心の家族などとは微塵も思っていないからだ。

 

両親(便宜上そう呼ぶ)はすでに2人も娘がいるため、私には男として生まれてほしかったようだ。母親が私に嘆きながら言った「お父さんはね、あなたが生まれて本当にガッカリしてたのよね、男が欲しかったってね」

 

両親の姉妹差別はそれはそれはわかりやすいものだった。一番上の姉に対しては、両親の期待が一気に注がれ、年老いた今も母親は彼女に奴隷のように仕えている。私に対しては、「こいつは男に生まれなかったから暴言暴力は許される」とでもいいたいように、殴られたり私の存在を否定する言葉の暴力は普通に行われ私はサンドバッグのようだった。

 

父親はすでに他界している。母親は今度は「素晴らしい仲のいい家族」を演じるのがブームならしい。姉妹同士仲良くないのはまるで私に非があると言わんばかりに、仲良しを強要してくる。きっと自分の友人たちが親孝行なるものをしてもらって、自分も見栄を張りたいのだろう。

 

はっきり言おう、それは無理だ。自業自得、因果応報だ。仲悪くなるように仕掛けたのは、あなたたち親に他ならない。