一体何が起きている?

 

昨年度から、親戚が次々に亡くなり、ついに義母まで亡くなった。

体調は急激に悪くなり、死に向かっていると実感すると、直面したくない恐怖で号泣した。

当たり前だった日常が崩れてゆく。

 

そしてついに、昨日、母親から聞かされた父のがん宣告。

私がそういう年齢になったからなのか、、

 

あまりにも悲しい出来事が多すぎる。

パパには乗り越えてほしい。できるだけ協力しよう。

 

今年走る予定だったマラソン。

一緒には出られないだろう。でも備えておこう私が走れるように。

 

この流れを今すぐに断ち切りたい。

口に出す、きっとうまくいく。

 

父は回復し、またみんなで旅行にいける。

大丈夫、大丈夫だ。

 

そう自分自身に言い聞かせる。

子供はもうすぐ2歳になる。

私は落ち着いた生活を手に入れた。

自分の新しい家族がいて、母親になった安寧。

 

もう寂しさを感じることはなくなったのだけど、

30代過ぎてからは、何か漠然と私ってこれでよかったんだっけという

悶々とした不安が常にある。

 

その不安は、自分がやりたい事に対する気持ちをずっと後回しにしきて

挑戦せずにその気持ちから逃げてばかりで、

目の前のことばかりに囚われてしまっていること。

 

本当は何がしたい?

自分はどういう自分になっていたい?

 

完璧ではない育児家事に日々追われて

苦手な家事も少しずつ慣れてきたけど、

真剣に挑戦したい気持ちだけが、、あって。。

 

何に挑戦する?それはクリエイティブなこと。

口に出さないと実現していかないのはわかっているから

発信していく。

 

私は何かに夢中になっている自分が好きなのに。

それをしばらくの間忘れてしまっていた。

 

やりたい事を持っている人は強い。

なりたい姿が描けている人は強い。

芯がある人になりたいのになぁ。。

 

日々、悶々としてもがいてる

 

 

少し前、突然何もかも嫌になって

投げ出したくなって心が苦しくって

一人の時間をもらって映画を見たりした

 

一人で出かけて、ふらふら歩きまわっている時に

頭をよぎったのは死。

 

考えたこともなかったのにぞっとした。

自分の心が蔑ろになって

自分と向き合う時間が取れないと

心が押しつぶされるような気持になるんだと知った。

 

今年は自分も気持ちを大切にして

挑戦する一年にしたい。

ここ1年びっくりすることが立て続いた。

 

結婚式後にストレスから適応障がいで休職、異動・職場復帰、姉の死、母の病気再発、私の退職、

そして妊娠発覚。

 

ついに30歳を迎えた。

20代、どん底から立ち上がってから、タフで強い女の人になるんだと

必死で仕事にも耐えて生き急いできた。

 

自分の気持ちや身体には置いてけぼりだった。

仕事復帰をしてからゆっくり日記を書き始めた。

思いのほか1年続いき、コツコツ努力することが苦手な私がダイエットを成功させた。

 

毎日自分を信じる事、気持ちに向き合って行く事で

精神的に落ち着いて過ごす事我で来たと思う。

 

強い劣等感や、恥じる気持ちや、むかししがらみのように執着していた事から

心が解放された。

 

生きやすくなったと感じる。

 

子どもが生まれて、とても不思議な日々を過ごしているけど

本を読んだり楽しみながら

貯金も少しずつ出来ているし、家事もまぁまぁ身に付いてきた。

 

自分の理想像を描きながら、どうしたらそうなれるか?を少しずつ実行してきた結果だと思う。

大人になってもこうやって出来る事が増えるのは嬉しい。

毎日は小さな積み重ねだけど、変哲もない日々だけど

将来へ繋がる一歩一歩なんだと理解できた。

 

根底の自分の性格は変わらないとは思うけど

大人になった部分は大きい。

 

まだ子どもが小さいけど、幼稚園入るまでは目一杯愛情をかけて触れ合って

その後少しずつ社会復帰で働きたい。

 

生かせるかわからないけど資格も取得したい。

子どもの成長する姿を見て私も頑張らなきゃと思う。

 

一つたいせつにしたいのはいつも笑顔でいられること。

無理はしすぎない、ほどほどでいいから

自分自身を抱きしめながら、また生きて行こう。

21歳、22歳の頃の気持ちをふと思い出した。
とてもとて人恋しくて、世の中から自分だけ切り取られたような、ひとりぼっちにされてると本気で思っていた。
寂しくて寂しくて、誰かと繋がっていたい、そんな記憶。

置いていかないで、誰かと触れていたい。

自分に全く自信がなくて、周りの目ばかりを気にしていて、努力もできなくて、現実から目を背けてばかりだった。また失敗したら、どうしようという不安しかなくて、踏み出せずにいた。

自分で自分の檻に入れてたのに、人のせいばかりにして、それでも変わらない日常に、泣いてばかりだった。

どうして、わたしはあの頃あんなに寂しかったんだろう?必死に人と繋がりたいと思ってたし、
何が理由で、そうなってしまったんだろう?

通らなくてもいい道を通っていた。

考える力がなかった?客観性がなかった?
どうしてなんだろう、
いつからそうだったのかな、、、


今はもう昔とは考えられないぐらいな真っ当な生活を送っている。

ふと、昔好きになりかけた人の年齢をもうあっという間に越していた事に気づいて、ショックだった。

憧れていたあの人は、今思えば何でもなくて、
自分に何もないから、輝いていて芯があるのが羨ましく感じていただけ。

何か自分も影響されればと思って、くっついていただけ。。

ああ、自分の人生が軌道にのっている。
それだけで、十分じゃないか。

求めすぎない、独りよがりはやめよう。
自分にとって、何が大切かを考えて生活しよう


私は成長していると思う、ずいぶんと、ずいぶんと。。ただ、私の根底には寂しがり屋の私がいることを忘れないで。

たくさん本を読み、知恵と知識を身につけていこう。
一度きりの人生、わたしはまた寂しがりやの自分と向き合うのは避けたい。

ゆっくりゆっくり、舵を切っていこう。
子どもってすごい
パワーをもらえるね。

年長者の言葉ってすごい
なんか人生歩んできた言葉って重みやっぱりあるよね。心に響いたよ

これから歩む人生となぞらえてみる。
明るくハッピーに生きたいな。

数年前まで生き苦しかったのに、いつからか心が軽くなった。
踏ん切りをつけて、余計な関係性は絶って
前を向くんだって、もう一人じゃないんだからって
覚悟したからかな。

何より自分がこの生活から脱却したいと思えたからだよな、、

ほんとすごい。自分這い上がってきた感。
ここまでよく頑張ったよ、えらいえらい。

誰も自分の黒い部分は知らないから、褒めてあげるしかないね。

乳児期の人格形成において、母親の存在や愛を捧げてくれる人の大切さがいかに大事か、
なんだか色々考えちゃうよね。

自分のこの性格や考え方、心の捉え方は
ちびっ子の時に形成されてるんだよね、きっと。

なんかそういう事、勉強したいなあ。


私ずっと寂しかったんだな。
この歳になって、やっと分かれた。

偉大だなぁ、なんかすごい。
ぜんぶぜんぶ、やっぱり繋がっているのね。

真面目に生きよう
笑顔で入れるように。。