こんばんは、おっさんです。



一週間ほど前に、水俣病訴訟のニュースがありました。

ニュース  水俣病を司法も独自認定、最高裁が初判断

このニュースを観てから、そもそも論として、

「なんで病名を法廷で決めるのか?」という疑問を抱き、

「診断基準作成も、確定診断も、医師の業務では?」と膨らみ、

色々と調べてみました。

しかし、深すぎて手に負えません。。。

全てを自分なりに考察し、「ココがおかしい!」と

意見を書くなんて、無理です。



要因は多々あります。

・原因物質(有機水銀)の特定まで10年以上掛かった事。

・(あくまで現在の診断・認定基準に照らした場合)

 自称水俣病患者の数が膨大だった事。

・無機水銀が有機水銀に自然界で変換される事が、

 今現在も化学的に立証されていない事。

・同様の工場が他の地域でも稼働していたにも係わらず、

 他の地域では大きな被害が出なかった事。

・医学的な認定基準が二転三転した事。

・国の認定基準が二転三転した事。

・エトセトラエトセトラ。。。



結論から言えば、医師がどんなに「あなたは水俣病ですよ」という

診断書を書いても全く意味を成さず、

国が選んだ一部の患者にのみ補償が行われています。

因みに、国の水俣病認定基準は、

厚労省ではなく環境省が作りました。

他の側面では、水俣病がごく限られた地域で発生した為に、

住民間の対立や差別も現在に至る大きな問題だと思います。



私は、父から「物事には通すべき筋がある」

教えられてきました。

恐らく、「筋」を「理」や「義」に置き換えても良いでしょう。

同時に今では、「モノの見方によって正しい事は変わる」

と言う事も知っています。

利害、歴史認識、南と北、西と東、宗教対立、民族問題、連邦とジオン、、、

また、時代や、科学、化学の進歩に因っても、

「正しい事」は変わるでしょう。

そんな中で、今回の水俣病判定基準の判決は、

「今までよりも、少しだけ筋が通って、少しだけ正しい」

私は思います。

この最高裁判決を受けて、新潟県も国に縛られず、

独自の基準で認定を見直す、と発表しました。

時間は戻せませんが、少しでも好転する事を願っています。




しかし、なんで国が補償するんでしょう。

全てのリスクに対して責任を負うのでは、

事業の許認可なんて出来ません。

国の責任を問われても、

「その時代その道の最高の権威ですら予見不可能な事態」

がある訳ですから。

逆に、「原告、貴方は予見できたのですか」と問いたい。

賠償・補償能力の問題であれば、賠償責任のあるチッソに、

国が資金を貸し付ければ済む事でしょう。

冷たい様ですが、チッソのミスで、

なぜ私達の税金が投入されるのか納得できません。

これが東電なら尚更です。予見出来ましたから。

私が少しおかしいのでしょうか。。。



しかし、この様に思っても、

「苦しんだ方々が、必ず報われるべき」という考えに、

嘘偽りはございません。

その時々で、国やチッソ、世論、差別、弾圧と

「最善の戦い方」をされてきた事と思います。

そして、世界中にある、同様の公害訴訟の範となられた事、

心より敬服いたします。



戦後から高度成長の犠牲になった、とも言えるし、

無知が引き起こした悲劇とも言える水俣病。

係わりのある皆様が、少しでも救われる事を祈ります。