撫塵は昨なれども、耳順催す

撫塵は昨なれども、耳順催す

残された人生を穏やかに暮らしたい。ささやかな願い。
しかし今は心身に不具合があり貧困層にいるので、
そのためにはこの歳からでもなんとか生活再建をしなければなりません。
そんな中高年齢者の生活奮闘記です。

( フリーイメージ素材 by いらすとや )

 

 

 

 

ぎっくり腰をやってしまってから半月余。

日常生活動作はなんとかできていますが、
今回は治りが遅いというか、治りきらない。

重い痛みと、腰がグラグラしている感覚で、
なんかの拍子でたやすくまた腰がズレそうで怖い。

老いて生きるのは苦しいことですね。



さて先日の参院予算委員会で次のような質疑がありました。


議員「有権者の皆さんは、食料品の消費税をゼロにすると
8%価格は下がるんだと。そう思ってる方は非常に多いと思います」


首相「事業者が価格は決めるものでございます。
全く下がらないということはない。
8%ぴったり下がるかどうか、これはその経営判断もあるでしょう」



これは裏を返せば消費税は「預かり金」ではない、
と首相も認めたことになるのではないか。

預かり金、だったら税率がゼロになれば、
1000円のモノだったら1080円が1000円にならなければおかしい。

欧州などではだいたい7割程度の値下げにしかならないようですね。
だから税率が0になったとして1000円のモノだったら、
1080円が1030円程度にはなるかもしれない。

とはいえ価格はあくまで事業者が決めるので、
例えば1060円ぐらいにしかならないかもしれない。

ともあれ消費税は消費者からの「預かり金」ではない、
ということの認識はもっと広まってほしい。





 

( フリーイメージ素材 by いらすとや )

 

 

 

 

台風により西多摩も今日は大雨です。

この雨が非常に水位の下がっている都民の水がめ小河内ダムへの
恵みの雨となってくれることを願っています。



さてつい最近、関東某所にて外国人集団による、
市街化調整区域内における無許可無申請の、
そして度重なる行政の指導を無視して宗教施設が開設された、

というニュースがありご存じの方も多いと思います。

ちょっと視点を変えた話し。

地域住民は当然このような施設を容認できないわけですが、
できることは役所に苦情を入れることぐらいしかできないのでしょうか?

わたしも行政書士試験での学習で、しかも訴訟は行政書士の
本来業務ではないため、概略しか知りませんが、一応の方途はあると思えます。

なのであくまで個人的な見解かつ一般論ですが、少し触れてみたいと思います。
中身の解説などしたら膨大な記述になるので概念だけ。

行政事件訴訟の中の「抗告訴訟」の中の「義務付けの訴え」がそれです。

これは行政(庁)が一定の処分をすべきであるにもかかわらず
これがなされないときに、処分すべき旨を命ずることを求める訴訟です。

今回の事案についていえば、行政に違法建築物撤去の行政代執行等を求める。

(現にいまの市側は事なかれ主義なのか代執行は考えていない、と言っています)
このようなことはできる可能性は十分あると思います。



とにかくいまの日本社会(先進各国も同様ですが)はいろんな意味で
安心安全で秩序のある従来の暮らしが脅かされるようになってきています。

行政や国がなんとかしてくれる、では通用しなくなってきています。
労力もかかり面倒だし、また相手側との摩擦もあるだろうが、
住民そのものがもはや自分たちの暮らしは自分たちで守らなければ、
そして、それを怠ればもっと暮らしが毀損されていくことになるでしょう。


 

( 宮下英樹 センゴク権兵衛 より )

 

 

 

 

前回はいわゆる移民について思うところを書きました。

が、本当はこんなこと言いたくもない。
関わらないで済むなら政治とか外国人のことなど、
人と摩擦を起こしかねない事柄になど触れたくもない。

ましてや大上段に天下国家を語るなどとは毛頭その気はない。

80年代、90年代だったら思うところはあっても
一庶民の自分なんかが直にものを言うことなどなかった。

でも現代はあらゆる面で搾取や浸食などの度合いがあまりに酷い。

他人が苦しんでいても自分には関係ないことと無関心でいれば、
自分の番になったときに助けを求めて得られなくても、それこそ文句言えない。

それ以前にわたしはろくな人生ではなかったけれど、
それでも生まれ育ったこの国を大切に、守りたいとは思う。

だから自分にできることなど微々たるものだけれど抗う。

社会で非行・不法・違法行為に対する署名募集があれば署名する。
なんのことないように思えるが、署名にだってそれなりにリスクがある。

またここ数年特に身の回りでの不法投棄が多くなってきているが、
(タバコのポイ捨ても)何度でも何度でも片づける。

一度外国人を注意したところ逆切れしてきたが、これからも注意を続ける。

最悪のことも一応想定していますが、身寄りのない、アラカンの身ですから、
そうなったときはそうなったときと覚悟しています。

無関心で黙っていたらどんどん壊されていくのが日常というもの。
当たり前の平穏な暮らしというものを維持するには、
誰かがやってくれる、ではなく、それぞれの立ち位置で、
地道な努力でもって自分ができることをやらなければどうにもならない。


 

( フリーイメージ素材 by いらすとや )

 

 

 

 

いわゆる移民の方たち。

労働者として働いているこれらの人たち
(留学生という欺瞞の実質出稼ぎ労働者も含む)は、
個人的に話せばいい人もいるし、そうでない人もいる。

それは当たり前のこと。

そういった感情面のことは一切抜きにして、
単にあくまで経済政策として移民政策を考えた場合、どうか?。

これは将来に向かって「こうなるだろう」という推測ではなく、
ここ30年50年来の今を「結果」として分析したとします。

識者ごとの主張は違うけれども、データを使い
移民を受け入れて経済成長した国はあるのか?という分析をしてみると
移民を受け入れていない国との比較においては欧州各国もアメリカもしていない。

これは事実だとわたしは受け止めています。

移民を受け入れると元々のその国の国民の所得は上がらない。
このことは欧米も日本も痛みを伴うデータとしてもはや実証された。

なので繰り返しますが移民の方たちが嫌いとか何とかではなく、
まず単純労働力としての移民には反対です。

昭和の昔のように在留外国人といったら大学の先生とか、
ミシュランの星付きレストランとかの本物の料理人とか、
プロスポーツのコーチだとか、本当の意味での高度人材だけにすべき。

もうこれ以上国民の暮らしを毀損してはならないと強く思います。




 

( フリーイメージ素材 by いらすとや )

 

 

 

 

毎年ゴールデンウイーク前後になると
近くの山に草を採りに行っています。
(地元の方には確認済みです)

山といっても丘陵といっていいほどの里山です。
そして自然林には程遠い杉の植林された山。

なので山菜、などというものはたぶん無いとみています。

それでも林道沿いに三つ葉が生えるのですね。
それを採りに行く。

おひたしにして食べると美味しいのです。



ですが三年ほど前から山に入るのを止めています。
とうとうこんなところにもクマやイノシシが出るようになったから。

人間の都合どうこうではなく、「住み分け」は必要だと思います。