いつも
ありがとう
ございます。

昨日の続きです。

障害者である次男を
人間のクズ
生きる価値のない
厄介者
馬鹿と
社会のゴミ扱いした
人物には、その後も
嫌がらせを
されました。

地域限定のみに
発売されている
財界についての
月刊誌があります。

その人物は
恐ろしい事を
しました。

本人いわく
人間のクズで
馬鹿である
次男が小学校への
入学の為に
教育委会が備えて
くれた支援学級に
馬鹿な子供ひとりに
町が多額の税金を
注ぎ込んでおり
それは、おかしな
話しだ。
そちらで、記事に
して取り上げて
欲しいと
雑誌社に嘘の
密告しました

当時、私の友達は
町議を務めて
いたのですが、
その人物が
友達の家に
押し掛けては
町の行政に
ついて筋の通らぬ
不平を訴えて
なんとかしろと、
しつこく煽り

自宅まで
来るためその都度
対応して話し合うが
歪んだ自分の価値観、
身勝手な正義を振り
回す為に筋を通して
話しを断る友達との
間でトラブルになり
揉めていたらしい
他の男性町議は
相手にしないので

女なら脅せば
言いなりになると
思い込んでいたの
だろうが、男まさり
で気の強い彼女は
脅しに屈折なかった。

その為、
彼女を憎んでいる
ある人物と2人で
つるんで
彼女を貶める為に
彼女が有りもしない
不正をしたとか

次男の入学に関して
おかしな工作を
して、でっち上げ
をしたと捏造した
のです。

ひとりの幼い
障害者の子供が
何故、攻められ
叩かれなければ
ならないのか

他者とのトラブルを
起こして、
憎い相手に対し
恨み、つらみ
があるからとしても
まともな人間の
する事とは、
考えられない
異常としか思えない。

でも
そのような事をする
人間は、おそらく
他でも似たり
寄ったりの
トラブルを起こし
ているのだろう。

悪い噂を良く聴い
ていた。

そして、それは
息子だけではなく
すべての障害者を
人間として見下す
考えの持ち主
なのだと思った。

雑誌社から私の
自宅に連絡が来て
事情を聞きたいと
言われ応じた

ひとりの記者と
友達宅で話しを
した。

色々と話し合い
あちらの嘘が
暴かれました。

記者さんは
障害のある子供
の支援活動を
されていた方
だった

支援の必要性を
理解していました

とても
励ましてください
ました。

人を恫喝する
信用のない人は
騒いだが
周りに相手に
されずに揉め事
は収まりました。

しかし私は
子供達の障害、
生活の不安
仕事の事
😞🌀悩みを
抱えていた。

また、その頃に
リュウマチに
なりました。

気丈に振る舞うが
色々な事が重なり

なんで
このような目に
遇うのか?

因果応報か?
ひとりになると
涙が出ました。

次男が小学校に
入学するにあたり
支援を受けれる事は
ありがたいし
感謝の気持ちは
あるのに
不安が大きかった

自分が心配し過ぎて
次々に
不安を生み出すだ

例えば
色々な地区から
集まる子供達に
受け入れて
もらえるのだろうか?

他の親はどう想う
のか。

この子の
障害を理解して
もらえるのか?

考えると次から
次へと悪い方へ
妄想し不安が沸き
上がるのです。

素直に感謝して
支援をうければ
良いのに出来ない

何故なら
長男の事があった
からだ彼は障害が
あるのだが
療育手帳の対象から
外されてしまった

知能指数が高いから
大丈夫ですと
教育委員に言われた。

その為に入学する
小学校側も普通クラス
での受け入れをして
しまったのだ。

しかし入学後に
彼が起こした
トラブルが原因で、
小学校から見離され
てしまった。

校長の勧めで
療育の為に
病院に入院し
支援学校に転校と
なった。

学校の環境は
とても良かったの
で救われた。

翻弄される
同じような事が
起きるのでは
ないか?
不安だった

そして悪い方へと
考えが向かうのです。

その為、先のblogで
投稿した長男の
入院先の病院の
担当医である院長に
相談しました。

町の小学校へ
通わせる
自信がないと
気持ちを伝えた。

院長は
「通わせるべきだ」
と助言した。

(おそらく
私の予測ですが
障害のある子供を
地域が受け入れ
健常者の子供達
と共存しながら
障害を理解して
もらえる。

みんなが
助けて優しい
世の中になって
欲しいとの
想いがあったでは
ないかと想う)

院長は
「こうした子供は
地域で、受け入れて
みんなで地域で
育てあげる
必要があるのだ。」
と言われた。

院長に言われても
理想的な世界は
簡単には出来ない
ものでは、ないかと
想いました。

私は入学式の日まで
悩み続けました。

しかし
悩みは、見事に
良い方向で
裏切られた。

年配の素敵な
ベテランの
女性が担任に
なりました。

先生は明るくて
親身になり
私の想いを聴いて
くださった。

丁重に息子の
面倒を見て
くれました。

日中は支援学級
で過ごし体育や
音楽の時間は
他の子供達と
交じわりました。

心配していましたが
やはり
同級生からの苛め
がありました。

学校帰りに待ち伏せ
して苛められて
いました。

担任が対応が早く
苛めについて
対処してくれたが
何度も同じ事が
繰り返されました。

その反面
感謝する事も
ありました。

ある、おしゃまな
女の子が誰に
指示された訳では
ないのですが
進んで世話をして
くれました。

また
他にも世話して
くれる子供達が
いて色々な面で
助けてもらいました。

休み時間に支援学級
に遊びに来る
仲良しの友達も
できました。

発達障害から
本人が問題行動
起こすことは
いつも、ある。
今、
現在もあります。

今はグループ
ホームに入所して
家を離れたが、

同居していた頃は
家の中では
彼の個性が原因で
色々な事があった

何度も、同じ事を
繰り返し教えても
出来ない事も
あり本人が
理解できないのに
イラつき
いけないと
想いながら叱り
つける鬼婆に
なった自分がいた

情けなく
恥ずかしかった。

どうして
私は、こんな親なの
だろうか😭
仕事と
生活に追われ
気持ちにゆとり
ない自分が
情けなく想い
ました。

駄目な片親に
育てられながら
彼は頑張って
くれた。

小学校の担任は
課外授業で
電車に乗り他の
小学校へ訪問して
色々な子供との
交流会を設けて
くれました。

彼にとっては
個性が原因で
失敗して

その原因を理解
できないことが
あるが様々な
経験をさせて
もらいました。

地域と交わり
交流の場を
設けて
もらいました。

中学や
支援学校でも
周りに助けて
もらいました。

今も支援を受けて
作業所在で仕事を
している。

非難、哀れみの
目で見られても
彼が頑張れたのは

担任に恵まれた
こと、そして
地域の方々の
支援のおかげさま
だと想います。

私は子育てが
下手で
ろくでなしの
親です。

でも自分の子供を
通して様々な
障害者の人達が
懸命に生きている
姿を観てきました。

ある母親は
妊娠中に風疹に
なり産まれた
子供さんは目を
煩い、足も不自由
な生活を送って
おられる。

母親は
気丈に振る舞って
いるが、苦しまれ
ている姿を私は観て
います。

しかし心ない人は
あの母親は障害者の
子を持ち人に助け
られているのだ。

だから人に対して
いつも
へりくだり謙遜
でいるべきだ。

障害者の親とは
そうした
ものであるべき
なのだ。
と、言っていた
話しを聴いた
事があります。

また
障害者の子供は
餅の中に混入した
ゴミなのだ。
と見下した発言を
した人もいました。

社会のクズ、ゴミ
とんでもない😤

そう想う
あなた方は彼らが
働く姿を懸命に
生きている姿を
見た事がないから
見下すのだ。

だから
平気で差別発言
が言えるのです。

馬鹿にして
見下しが出来る
のです。

彼らは自分出来る
事を支援を受け
ながら
彼らなりに頑張り
真面目に働いている
のです。

ある病院の
病棟での床掃除を
丁寧にしている姿

お年寄りや障害者の
使用した汚れた
オムツを
工場で洗浄して
いる姿

介護施設で、
お年寄りの食事の
介助をしながら
機嫌の悪い
老人に叩かれたり
暴言を吐かれ
時に口からぷ~っ
と食べ物を
吐き出して
それが、顔や
衣類に飛び散っ
ても我慢して
仕事をする姿
他の色々な場で
頑張って
働いているのを
知らないから
見てないから
です。

その子により出来る
仕事の能力は
違います。

それを見極めて
彼らを指導する
支援員の導きも
大変なのです。

彼らは目立たず
目につかない
仕事が多いと
想います。

だから
彼らを理解する
事は難しいかも
知れないけど

同じ人間なの
です。

健常者の貴方にも
個性があるように

障害とは個性なの
だと想います。

彼らは懸命に
生きているのです。
温かい血の通った
人間なのです。

彼らを知り
その頑張りから
学ぶ事がたくさん
あると想います。

掃除をする姿を
見掛けたら
私は
ありがとうと
礼を言います。

優しい言葉を
もらえるのは
誰でも嬉しい

自分が頑張って
いる存在を
認めてもらえる
のは嬉しいと
想うからです。

どうか
優しい言葉を
掛けてあげて
欲しいのです。

優しい世の中に
なります
ように。🙏

私の事を
変なblogを
投稿した偽善者
と見下して
も構わない

どうか
障害者、お年寄り
困難な人に優しい
共存できる世の中に
なって欲しいと
自分の想う願い
また、
障害の子供持つ
自分なりの
親の気持ちを
綴りました。

長々とすいません。

ありがとうございます!