昨夜、

京都・五山送り火

中継をNHK・BS

で観ました。


 

私の好きな

女優さんの

田畑智子さんと

その後ろで

東山に灯される

「大」の文字が

映りました。


感謝もあるけど

色々な想いが

込み上げて

美しい儚さに

涙が出ました。


三年ぶりの

五山送り火

稲光り

大雨に見舞われ

心配しましたが

無事に執り行う

事ができ良かった。


保存会の方々


山がある地域の

方々の功労が

おかげさまが

実を結びました。



そして

神仏、

ご先祖様の

おかげさま


京都の人々

日本、世界中の

人々の想いの

おかげさま

色々な

おかげさまの

輪が広がり


執り行えたの

だと私なりに

想いました。


すべては


おかげさまの

おかげさま

なのだと思います。

中継を観ながら


自分が出逢い

今は

亡くなった方々

の顔が想い

浮かんで来ました。


友達、恩師

色々な人の顔が

想い浮かびました。

切なさ

懐かしさで泣き

たくなるけど、


出逢えた事に

感謝します。


送り火と共に

旅立つ人への

寂しさと、

懐かしさよ。


次は

お彼岸ですね。


人はいつか

死んでしまう。


時間が経つ事で

その存在感を

人々は

忘れてしまう

けど


自分が生きて

いる間は

その人を

思い出す事で

心の中で

生きていて

くれるのだと

思います。


私の育った家庭は

めちゃくちゃな

とんでもない

酷い

家族だった。


どれだけ

あの人達から

受け継いだ

自分の血を憎み

呪った事か


身体をズタズタ

に切り裂き

血を出したい

思いにも駆られた。


そんな時も

あったのです。


家族だから

情を求めて

いたから

それが

叶わないから

辛かったの

だと思います。



でも


みんな、もう

居なくなりました。


先祖になりました。

思い出すと

切ないが

それでも懐かしい

気持ちに

なる事があります。


子供頃、

祖父母、

親や親戚の

喧嘩や争い

が毎日あり

絶えなかった日々

逃げ出したい

苦しい

そんな想いが

長く永遠に続くの

ではないかと

思っていました。



おかしな使い方

かも知れない

ですが、

「諸行無常」の

風と共に去り

ました。


😅😅😅


今は別の苦難の

嵐が吹き荒れて

いますが。😬😬



「諸行無常」とは

「全てのことは

移り変わって

いくものであり、

永遠に

変わらないものは

存在しない」

という意味。

(ネットより引用

しました。)


移り行く世の中。

自分は

歴史の中の路傍の

石だけど


名もない石は

存在感すらない

けど、

それでも良いから

人を思いやる

感謝や

おかげさま

の気持ちだけは

未来永劫

変わらないで

いて欲しいです。


 

わかっていても

わかっていない

事って

たくさん

ありますね。


blogを読むと、

キリストの精神

を受け継いだ

者となり

上から目線で

人を憐れみ

施しながら

人を見下すような

人がいます。


色々と思うことは

ありますが、


自分の学びが

足りないのに

つべこべ言う

ことは出来ない、


その人達なりに

学び徳を

積んだのでしょう。


私は

生きてる間は

終わることなき

学びの連続だと

思います。


色々と失敗も

するし躓きも

します。


学んでも懲りず

また失敗😱😱😱

大馬鹿です。🤣


でも最後は

感謝の気持ちで

逝きたい🤭




波音が聴きたく
親不知の
展望台広場に
来ました。

奥に光るのは
車のライト
ここは
天下の剣
カーブ続きの
難色です。


海岸線に沿い
断崖絶壁が
続きます。

断崖絶壁の
下の難色道を
松尾芭蕉や
昔の人は
髙波に拐われ
ないように
命懸けで歩き
ました。


冬場は
荒波が打ち付け
旅人の通行を
阻んだ道ですが
今は波静かです。




日中
観光客で賑やか
です。

おまけに
蔦などの樹木で
虫が飛び交い
蜂がいるので
怖いです。

誰でも居ない
時に向かいました。




富山県までの
一本道です。

高速以外は
迂回路なし
トラックが
危険なカーブ
続きの道を
ビュンビュンと
走ります。

ご苦労様です
気をつけて。🙏



川の水音に

癒され


親不知の荒波の

音に鼓舞される


人から観たら

つまらない人間

かも知れない

ですが、


それが

今の自分に

とっての

細やかな幸せです。


森羅万象に感謝

します。🙏