
すべてがあなたにちょうどいい (小林正観)
わたしの尊敬する小林正観さんは著書の中では、お釈迦さまの言葉をよく用いられています。
その中の一つに・・
すべてがあなたにちょうどいい
今のあなたに今の夫がちょうどいい
今のあなたに今の妻がちょうどいい
今のあなたに今の子供がちょうどいい
今のあなたに今の親がちょうどいい
今のあなたに今の兄弟がちょうどいい
今のあなたに今の友人がちょうどいい
今のあなたに今の仕事がちょうどいい
死ぬ日もあなたにちょうどいい
すべてがあなたにちょうどいい
(注解)
お釈迦様が伝えたかったことは何だったのか?
最初、読んだ時にはどう解釈していいのかわかりませんでした。
でも僕がやっと今、思えるのは、お釈迦様は自分の身に起こることはすべて、自分にとって必要なことなのだよ・・・とおっしゃりたかったのではないかということです。
辛い思いをしても、すべてはなるようになっているからそれを受け入れて、前に進みなさいということではないかと・・・今はそう思えるのです。
人間関係の悩み、苦しみ
お釈迦様の言葉、「死ぬ日」以外は仕事も人と関わることを考えると、ほぼすべてが人間関係のことです。
夫や妻、子供に親、兄弟、そして、友人、職場の人・・・。
僕自身、そんな人間関係で悩んだり、深く傷ついたり、苦しんだり、時には絶望したりしてきました。
そうやっているうちにもう傷つくのは嫌だとか、悩むのは嫌だ・・・と思ったこともあります。でも、僕は思い返してみると、そうやって悩んだ後に少しづつ自分を変えてきました。
その悩みや苦しみが大きいほどに、僕は自分の考え方をより大きく修正してきたように思います。
それは、そうしないと自分が壊れてしまいそうだったから・・・です。
打たれ弱い・・・のかも知れません。
でもそうやって自分が楽になるために考え方を変えてきたことで、僕は本当に少しづつ楽になっていきました。
以前は「こうであるべきだ」「~ねばならない」そういう風に思うことはよいことだとさえ思っていましたが、それが僕を苦しめていたのかも知れません。
僕は何もなければきっとそんな思いを手放そうとはしなかったと思うんです。
でも色々なことがあって、それを手放そうとやっと思えて。そう思うと、思い悩んだり、苦しんだりしたことは、僕には「ちょうどよかった」のかも知れません。
悩んだり、苦しんだ時は、「今だよ!今が自分の考え方を変える時だよ!」・・・そういうサインなのかも知れません。
人生は、本当に「人間万事塞翁が馬」なのかなと・・・思うことがあります。
面白いのは、ネガティブに思えることほど、その後にプラスに変わることが多い・・・ということでしょうか。
生きていると、そういう、ひっかけ問題のようなものが時々やってくるようです。僕はそんなひっかけ問題とその答えの収集家になりたいな・・・と(笑)、思ったりしています。
(ネットより引用させて
いただきました。🙏)
正観さんも
ひとりの悩める
模索された
人だったのかと
思うと親しみが一段と
増しました。😆
「生きる」とは、心で思ったことを言葉に表し、行動すること。
— 大愚 元勝(大愚和尚) (@Taigu_gensho) 2022年9月6日
仏教では、身口意の三業と呼びます。
身口意の方向が一致してはじめて私たちの心身は矛盾なく快適に生きることができます。けれど、あなたの身口意のどこかにズレが生じているとき、それが不快感となって現れる。これが苦しみなのです。
合掌
— 日照 (@NHJcxs4pPIlPX0Q) 2022年9月6日
幸せに生きる事は至ってシンプルです
愛情と思いやりと慈悲の心を中心に
日々自らを省みて反省し
どんな出来事にも感謝し
どんな人にも敬いを示す
たったこの6つ
何かが上手く行かずに不幸を感じている時はこのどれかが欠けております
そう仏教は至ってシンプルです 合掌再拝
慌てない
慌てない
自分の歩みを
大切にしたい
です。
《七走一坐しちそういちざ》
— 仏の教えwords of wisdom (@namutyan) 2022年9月6日
7回走ったら
一回坐りましょう
「座る」とは「心を落ち着けて休みなさい」という意味
しっかり走ってしっかり休む。
忙しい現代人にこそ知ってほしい禅語





