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木村雄大 オフィシャルブログ

このブログは時々フィクションです。


ちょこちょこと都会を歩いていたこの虫はコオイムシ。
漢字では子負虫と書くのかな?文字通りお父さんが卵を背負って面倒をみる虫です。
「男も大変だよな。。。」と思い、暑そうだったので近くの水場まで案内してあげました。
でもよく考えたらメスかもしんない。

さて、最近珍しく仕事のモチベーションが高いので、
今年のテーマである「会社の最適化」をふがふが頑張っています。

社内外問わず自分が今重要としているキーワードが
【インキュベーション】
 →IAS神戸事務局として
【ローカライズ】(地元の情報収集/配信の場)
 →再来年に飲食業開店したい
【少子高齢化のニーズ】(介護福祉業/遺品整理業etc)
 →新規事業設立したい
【日本固有文化保護/拡散】
 →歴史/文化の学習/輸出/販売したい
【日本固有生物保護/繁殖】
 →ビオトープつくりたい
【中小企業/個人事業の国際化】
 →英会話サロン開校予定/マッチング業設立したい
です。。。

ほとんどしたい事なのでいかにして実現するか。。。
最近そんな事ばかり考えている照男。

そんな照男に明子はあきれ顔で聞く
「いい歳なんだから彼女くらい作らないの?」

「うるさいなぁ!わかってるよ。。。」
せわしなく手元にあったコーヒーを飲み干す。

明子のお節介にうんざりしながら窓の外に視線をやると
街路樹からは力尽きたように葉が落ちていた。。。



照男って誰?






さて以前のエントリーでも少し話した英会話サロン開校に向けて少しずつですが進んでいます。
これ

僕(日本人)が英語を話せない理由を考えた時に、
理由の一つに、「言語の問題だけでなく雑談がうまくないんじゃないか?」と思ってサロンでは「雑談のネタ」を提供出来る環境にしたいと思いました。

会話の対象は外国人なので、
日本の事(日本のアイデンティティ)を楽しく学んで話すのがベストかなと考え、
和っぽいものを中心に揃えていっています。


まだスカスカですがお面とか。。。ね。。。

意外と日本の歴史や文化って知識不足で説明が出来ないので、
浅く広くですが自分にとっても良い経験になっています。

これから英会話サロンを開く人間なのに矛盾していますが、
日本で住む限り英語を話せるようになる必要はないと思います。

「ネイティブ程には」

少しわかって少し話せる。それだけで世界が広がって単純に楽しいです。
義務的な学習ではなく、
10年だらだらやりまっせ!的な感じの方が対象のサロンです。。。

なので格安にする必要があるのですね。。。X(
4月にテストクラスのスタートを予定しているのでこのブログでも報告します!!


でも昨日のPV4人だったし順位65万位だったよ。
いいもん自己満足だもん。

弊社では最近ね、倉庫の引越を検討しておるのです。
しかしものっそい中途半端な規模ようで希望の広さがなかなかない。。
これは悲しい。とても悲しい。

もうずっと探しているのに物件が全然出てこないので、
もうお金を出して引っ越す事自体が嫌になってきた。

もう怒った。
貸してくださいではなく、借りてくださいと言われないと割に会わない。
嘘です貸してください。
そんな動機で右ななめ下からの物件探し始めるとこんな話を聞いた。

「新長田の商店街がシャッター街になってきている」

どういう事かな?
今の新長田は奇麗な商業ビルが建ち、
20年前の阪神淡路大震災で甚大な被害を受けたとは思えない程の街並ですから。


よくよく調べてみると元々新長田は「靴の製造」で賑わっていた
下町情緒あふれる地域だったようです。

それが震災後「元に戻す」のではなく、
「より良くする」と言う大義名分の下、大規模な復興計画が行われました。

見た目は素晴らしい「成功」だったようですが、
地域性に合わなかった事や、劣化版三ノ宮に人が集まる訳も無く結果的には失敗。

ふむふむ、なるほど、、、

当時は尼崎に住んでいたので震災は経験しているし、
なかでも神戸が一番被害が大きかった事はニュースで見た映像から知っています。
あれから20年経った今でもその傷跡を耳にするなんて。。。

何の因果かはわからないけれどこれも縁。
もう少し調べてみましょう。。。




皆さんがこの文章を読んでいると言うことは、
もしかしたら私はすでにここにはいないかもしれない。

なので、

是非どこかの何か採用される事を夢見て、
今思いついた全てを綴っていく。。。

・おっとノンオイル
・出産サイドバナーさ☆き☆が☆け
・スキンケアクロウ
・そろばんがしゃってなった
・奇跡画廊下柳 ~キセキガロウシモヤナギ~
・野口五郎と愉快なかまいたち
・え?片方触覚切れてへん?
・口から屁こいたような顔でもの言う乙女
・かったいこんにゃく三銃士

あぁ、、、疲れた。。。

思えばよぅ、、大学を2つも行かせてもらったのに卒業しそびれてよぅ、、、
親にたくさん迷惑をかけたのによぅ、、、
「お父さんお母さん!僕に出来る事は退屈をさせない事だけです!」
とか訳の分からない事を言ってよぅ、、、
ここまで来ちまったYo、、、

そんな私も今や今年中小企業への脱皮をかけた零細企業の社長。
目頭が熱くなりますねお母さん。

まだまだ親孝行をするつもりは全くありませんが、
困った時にはいつでも助けられる力は持っておくつもりです。

それではどうかお身体に気をつけて



【今日の役立ちキーワード】
①そんな
②都合の良いものは
③ない

ミィ ミィ ミィ
あ~
ミィ ミィ あ~

ミィ

ひぃ~なんかいそがし~
後輩の法人設立祝いに融資のコンサルティングをして
①行政書士、税理士(認定支援機関)の紹介
②アプリケーション開発の為のプログラマー紹介
を段取り。うまくいってくれ。。。

そしてもしも俺が食いっ逸れたら養ってくれ。。。
頼む!!

じいさんが死んだ、少し前の事ですが。
子供の時に家に遊びにいくと決まって自慢のカメラで写真を撮ってきた。幼心に「めんどくさいな」と思っていた。

少し月日が流れ一緒に酒を飲むようになると決まって酔って予科練(戦時中、軍隊に入隊する前に入るところ)の話をしていた。
これは「ためになるな」と思っていた。

ある日じいさんの脳には腫瘍がある事がわかり、手術をした。
それ自体は成功だったけれどじいさんは色々とわからなくなっていった。娘の名前も孫の名前も。

それからすぐに胃に癌が見つかってしまった。
もうこの手術には耐えられないのだそうだ。
あまり悲しくなかった。仕事が忙しかったし、それほどじいさんを知らなかったから。

あっという間に寝たきりになり、亡くなった。
冷たいようだけれど後悔もしなかった。
じいさんの骨を拾っている時に、
「骨を残して焼くのは大変だろうな」なんて思っていた。

そんなじいさんの部屋を片付けに行きました。
教師という職業柄か、資料や本はきっちりと整理されており、
「その几帳面さこそ遺伝してほしかったのに」と思った。

じいさんは小説が好きだったのか、
 ざっと1000冊くらいある。
じいさんはものづくりが好きだったのか、
 紙で作った生き物が数百個ある。
じいさんは信心深かったのか、
 冒頭の写真の手彫りの仏が100個はある。
じいさんは人付き合いが苦手だったのか、
 プレゼントした手袋が未使用のまま置いてある。
じいさんはやはりカメラが好きだった。
 奇麗に掃除して置いてある。

なんとも皮肉な事だが、
じいさんがいなくなって初めてじいさんを知った気がする。

今でも悲しくないし後悔もない。
きっとこれが俺とじいさんの正しい距離だったからだろう。

さて、作りかけの仏を完成させてやろう。。




それを「ハンドメイド仏ガチャ」として世の小学生に売りつ、、、
いや、やめておこう。

こんな性格だからじいさんに好かれなかったのかな。。。


芸能界の大御所に「喜びの酒を買ってこい!」と言われ、
近所の酒屋に急いで行ったら「お前には売れない」と"ぴしゃり"されたので、
カチンときて「羅」の字の一番固いところで小突いてやったら、
手のひらを返したように温和な表情で手渡してきた"それ"は。。。

次回 「メインストリートのタニシ」


今日はそんな気分

この間たまたま家にあったブログのコピーを見ていたら
28歳で40億円以上を調達した新進気鋭の社長が書いたものでした。

特に印象に残っているのは、
「経済(お金)」「感情」「テクノロジー」に言及した内容と、
「現実を見ながら理想を持ち続ける事の難しさ」について。
自分も経営者としてものすごく刺激を受けたのですが、
そんなところまで考えが及んでいる事もさることながら、
文章としてうまく説明出来ている事にも脱帽しました。。。

気をつけていたつもりですがいつのまにか年を重ね、
物事を知ったような気になっていく日々の中で、
俺たちはいつしか理想を保てなくなり、
お互いの「正義」を主張するばかりで、
争い合うのは仕方ないのかもしれない。
だけど僕の嫌いな「彼」も彼なりの理由があるとおもうんだ。

ドラゲナイ