「おじいさんが救急車で病院に」
(母の父親)

そう私に電話があったのは、27日の午後でした

急いで病院に行きました。

病室に行くとおじいさんがいました。

「先生の話じゃ2〜3日入院すれば、退院できるだろうと言われた」っと。

私は一安心し、その時は自宅に帰りました。

翌日の夕方頃でした、

「おじいさんの容体が急変した」っと。

急いで病室に、、、、

首からチューブを入れられ、人工呼吸器でやっと息をしているおじいさんがいました。

「肺炎」だそうです。

レントゲン撮影されたおじいさんの肺は、
真っ白く写っていたそうです。

呼び掛けても当然返事などありません。

当時、私の自宅にも認知症の祖母がいました。

娘である母にその場をまかせ私は一旦戻りました。

認知症の祖母のお世話や、夕ごはんを食べさせた後、ベッドに眠ったのを確認してから、
病院に向かおうと車に、

母から電話があり、

「血圧や脈もどんどん下がってきた」
「これるならすぐに来て」

急いで病院に向かいました。

そして病室に入ると、おじいさんは、
亡くなっていました。

7月28日の夜におじいさんは亡くなりました。

とても優しい人でした。

温厚で、話し方も丁寧で、、、

7月28日     この日は私にとって、とても大事な日になりました。

7月28日    この日は私が生まれた日でもあります。

その日に亡くなったおじいさん、、、

なんとなく、、、、

「忘れないでくれよ」っと、
言われているような気がします。

あれから8年ですね、

お墓参り、行って来ましたよ。








いつもありがとう。









いまも大好きです。