わたしが朝方お話ししたことが
真実
だと思います。
【母性】が得られずに育った事が一番一番大きな決定打になっちゃってる。
愛ってどんなものなのか知らない。けれども間違いなく
【母性=愛】だよね?そうなんだよね?
人は【これでもか】って位甘えて、甘えさせてもらって、安心を得て
【こころ帰す場所】を強く確認して、そして世の中に出ていける。
わたしはそれがなかったから、世の中に出ていけない。
そう理由付けるのは単なる甘えですか?

お母さんが欲しい、甘えたい…。
それをO さんに求めるのは間違いなのでしょう…。
それは、わかってる。今までそういう事で痛い思いは掃いて捨てるほどしてきました。
文字通り、血も涙も流してきました。10代後半から20代にかけて。
本当は人生で一番楽しめて笑っておバカもやって、そんな風に過ごせる時期。
血と涙と共にそれらも流れていった。
どうやって埋めれば良いですか?今更、埋めようなんて思うことが甘えですか?
朝方のお話しにあった様に、【世の中には親に捨てられ、同じ様に母性も愛情も得られずに育った人が、立派に自立して生きている】って言う?
【今まで母性を埋めてくれる人、探してもいなかったかもしれない。けれど《この先》現れるかもしれない】
そんな風に言う?
【10001回目 は何か変わるかも知れない】
10000回駄目だった人に、10001回目は何か変わるかも知れない
なんて思えるの?もっと言って良い?10001回目のO さんはまた駄目なんでしょう?
【このフロアにいる人みんな、そういう経験をしてきて、月並みな言い方かもしれないけれど《時間》が解決してくれる】って言う?その《時間》をまたこれまでの10000回の様に苦しまなければならないと思うと・・・・・。

震え上がる。

カレンカーペンターさんには
【わたしのお母さんになって!!……】
と泣いてすがれる人がいた。文字通りの実の母親だったけれども。
それはそれでお互いにとって、とてもつらく悲しい事だと思います。

宮沢りえさんには、良かれ悪かれ表現しきったであろう【身体】があり、
それを訴える、カメラやマイクがあった。

二人には訴える術があった。
わたしには?







そしてその対象は???