妊娠が発覚したのが3月末。

 

ちょうど妊娠初期の3か月目が終わろうとしていた4月中旬、双子の心拍がなくなっていることがわかりました。

 

その4日後手術を受けました。

 

妊娠が分かって不安と動揺で過ごした数日間、産むと決めた日、流産が分かった日、手術の日、術後数日間・・・なんか怒涛の日々でした。当時はつらくてつらくて泣き続けて、「人って自分以外の誰かのことでこんなに泣けるものなんだ」と思いました。

 

妊娠を報告したときは「かける言葉が見つからない」といった父。でも次第に双子の誕生を楽しみにしていてくれたそうです。もちろん結婚に反対していた祖母も。みんなが楽しみにしてくれていたのに、申し訳ないという気持ちもたくさんありました。

 

そして何より、「どうして流産してしまったんだろう?」ということでかなり考えました。私が素直に妊娠を喜ばなかったから?まだ早いと思ったから?それが子どもに伝わったから?バイクに乗ってたから?イライラして怒ったから?なんで?

 

まさか自分が流産するなんて夢にも思っていませんでした。

 

仕事がら子どもとかかわるので、子どもを見るだけでつらくなってこっそり職場で泣いたり、帰り道泣きながら帰ったこともありました。

 

今はもうすべてのことが遠い昔で、でも思い出したら涙がとまらなくて、でも現実は何事もなかったように日々を過ごしています。

 

「子どもはまだほしいと思わない」と言い続けてきたわたしですが、いざ自分の子どもを身ごもったとき「元気に産んであげたい」と思いました。妊娠と出産は、当たり前じゃない、奇跡なんだと思うようになりました。

 

こんなわたしにまた赤ちゃんがきてくれるかな??

 

産んであげられなかった双子でしたが、2人はわたしにいろんな感情を教えてくれました。そして何より、反対されていた結婚をプレゼントしてくれました。たぶん双子がいなければ、結婚はかなり先の話になっただろうと思います。

 

妊娠している方々、元気な赤ちゃんが生まれますように。

無理はしないでくださいね。

 

わたしは二人の分まで、二人に恥じないように一生懸命人生を生きようと思います。

妊娠がはっきりわかったあと、彼氏にすぐ電話。

 

このときもひたすら大泣きしながら「どうしよう、どうしよう、どうしよう」とパニックになっていましたえーん

 

いったん家に帰ることになり、バイクでの道中、(妊娠が分かったのにバイク乗るなよって感じですがアセアセ)、今自分に起こっていることがなんかテレビのなかの話みたいで、夢なのか現実なのかよくわからずぼーっとしたままハノイの街をバイクで走って帰りました。

 

(ちなみにこの日以降バイクは乗らなくなりましたニコ

 

彼氏が帰ってきて、これからのことをいろいろ話、「産んで育てよう」と言ってくれました。彼氏は妊娠したことを純粋に喜んでくれて、絶対産んでと言ってくれたので、それについてはとても安心しました。「おろして」とか言われたらどうしようかと本気で思っていたのでタラー

 

私はとりあえず母に連絡。大事な話があるから電話で、という前置きのメールを読んだとき、妊娠だとピンときたそうです。やっぱり母親ですね。

 

「おろしたほうがいいかな・・・」と弱気な私に、

 

その人といずれ結婚しようと思っていたんでしょ?子どもは授かりもの。あんたが決めた人だったらええやん!今不妊で悩んでる人もたくさんおるのに、おろすとか変なことはもう言ったらいかん!!」

と母。

 

弱気なわたしに喝を入れてくれました。

母の言葉を聞いて、頑張ろう、と私も決心できました。

 

父にも母からまず一言伝えてくれ、そのあと電話で直接私から報告しましたが、父のほうは絶句で、「かける言葉がない。時間くれ。」とそれだけ・・・でも最後は「身体だけは大事にしろよ」と言ってくれました。

 

 

「海外で働きたい!」と親の反対を押し切って勝手に日本を飛び出して、仕事を頑張るつもりでいたのに、彼氏ができ、子どもができ・・・親からしたら「仕事のために海外行ったんじゃなかったの?」と思う気持ちがあるのも当然だと思います。

 

親に合わせる顔がないなぁガーンと落ち込みましたが、わたしも時間がたつにつれ気持ちの整理ができ、これからもベトナムに住むことになるので、仕事と子育て両方力を合わせて頑張ろうと決めました。

 

色々調べていると、双子は1人出産よりもいろいろとリスクが高いらしく安定期がないとか・・・次の検診も1か月後ということで、無事に育っているか不安はたくさんありますが、子ども達の生命力を信じて、わたしもできることをやっていこうと思っています。

 

出産に関しても、ベトナムで産むか、日本で産むか、その辺もおいおい決めなくてはいけないことです。

 

今年もいろいろ人生が大きく動く1年になりそうです。

 

 

 

 

結婚することになった理由の1つに、「赤ちゃんができた」ということがありますニコニコ

 

生理がいつも以上に遅れていて、過去最高記録をこえたので、もしかして・・・と思って検査薬をしてみると陽性アセアセ「あぁやっぱり・・・」と複雑な気持ちになり、翌日病院(泣く子もだまるVinmec)に行くと、

 

「妊娠していますね。しかも双子ですよ」といわれました。

 

真顔

 

チーン

 

ゲッソリ

 

(↑ほんとにこんな表情の変化をした私)

 

「もう心拍もありますね~。7週目ですね~。」とエコーを見ながら淡々と説明するお医者さん。

 

やっぱり・・・と思う気持ちと、よりによってまさかの双子、両親になんて説明しよう、まだ早すぎる、仕事どうしよう、結婚もしていなのに・・・いろーんな気持ちが次々とあふれ、同時に目からも涙があふれ、、、

 

日本語の通訳の人に

 

「まだ結婚していないんです。両親も反対してるし、仕事もあるし、どうしよう。どうしよう。どうしよう。」とずっと一方的に話していました。(通訳の人も困っただろうなー)

 

「もう7週目で心拍もあるし、おろすなら8週目まで。でも双子だしできたらこのまま産んだほうがいい」とお医者さんからの意見をもらい、私はこのとき大泣きして混乱しながらも、最近薬を飲んだこと、前日お寿司を食べたことなど、冷静に「赤ちゃんに影響はないですか?大丈夫ですか?葉酸とったほうがいいですか?」と必死に質問している自分もいました。

 

診察が終わって通訳の人から、「いろいろあるかもしれませんが、おめでとうございますニコ」と言われ、なかなかその言葉を素直に受け止められない自分と、なんだかちょっとくすぐったい気分の自分と、どうしようという不安でいっぱいの自分と、いろんな自分が一瞬の間にたくさん存在しました。

 

こうして私の人生初の産婦人科受診が終わりました。

 

昨年6月末からお付き合いしてきたベトナム人の彼氏と、このたび結婚することになりましたニコニコ

 

とは言っても結婚手続きには色々と書類が必要で・・・いつ手続きが終わるのかまだ見通しはついていませんアセアセ

 

でも結婚式は5月上旬、結婚パーティーは5月中旬に行うことになりました。

 

 

いやー、、、、

人生何が起こるかわかりません。

 

いえ、人生何が起こるかわからないということだけはわかっています。

 

まさかこんな早いタイミングで結婚することになるとは・・・ショック

結婚を決めた時はとても複雑でしたが、今は新生活に向けて頑張ろう、と思えています。(というか現実を受け入れた)

 

まさか自分が国際結婚するなんて、想像したこともなかったし、自分が1番びっくりしています。

 

色々な人をびっくりさせ、私自身もびっくりして、、、破天荒な人生、やっぱり私らしいです照れこれからも自分らしくがんばりますラブラブ

 

わたしが試験を受けた職業訓練は<保育士養成コース>でした。

ですが、職業訓練校といっても普通の短大のため、保育士養成コースではありましたが並行して幼稚園教諭の免許も卒業と同時に取得することができました。

 

わたしが住んでいたのは田舎だったため、定員10名にたいして15名くらいの応募者がいましたが、それでも合格できるかどうか本当に心配で、並行して保険の意味で地元の短大の社会人入試も受けました。(この短大は一般の社会人入試のため、合格しやすかったですが、入学金も30万払いました。後々職業訓練校の合格が決まったため入学辞退。もちろん30万は返ってきませんでした・・・えーん

 

都会の保育士養成コースの試験では、10名の定員にたいして30名近く応募者がいたり、狭き門のようです。

 

職業訓練の試験は主に面接と作文でした。

確か作文の内容は、「どんな教師になりたいか?」というようなものだったと思います。

面接では、志望理由、なんで銀行員やめてまで?、どんな教師になりたいですか、など履歴書を掘り下げられながら質問されました。

 

何を聞かれても答えられる理由があったので、面接は特に緊張しませんでしたニコニコ

 

数日後、合格通知が無事とどき、こうしてわたしの職業訓練がスタートしたのです上矢印

 

1学年40名程度の小さな短大でしたが、そのうちの10名は自分と同じような職業訓練生で、アラサー、主婦、男性、元高校教師、元会社員、いろいろなバックグラウンドの訓練生がいました。残りの学生は、地元の高校卒業後のぴちぴちの現役生たち。

 

異色のメンバーではありましたが、同じような訓練生がいたため、みんな衝突しながらも無事に短大を卒業し、免許を取得することができました爆  笑

 

(短大の2年間は本当に濃い毎日で、2度目の青春をしているようでした。

再び学生に戻ることああるなんて全く想像していなかったのですが、一度社会に出てからまた学生をしたこともあり、勉強に対する姿勢も現役のときとまた違ったし、新鮮な気持ちで勉強することができました)