あの日地獄の門が開いた


 私が自分の苗字と名前を認識できはじめた5歳頃、母親と父親が離婚した。その頃は苗字が変わった事にしか変化を感じず、父親が家に帰ってこないことに気づいていたのかどうかさえ今となってはわからない。幼かった私や2歳下の妹ゆりにとってはそれほどまでに両親の離婚が日常に溶け込んでいた。

 私が小学校に入学してから半年が過ぎた頃、母と私達娘3人は祖母と5人で暮らしていた一戸建て借家を解約し、祖母との同居も同時に解消した。私達一家は小学校から徒歩30分ほどの団地に移り住む事になった。

 姉のまりなは小学校が終わるとそのまま帰宅していたが、まだ一年生だった私は放課後学童保育に通っていた。母が仕事終わりに迎えにきてくれるのが凄く嬉しかった事を鮮明に覚えている。

 そんな日常のサイクルの中に変化が起きたのはいつも通り母が迎えに来てくれていつも通り帰宅した他の日と代わり映えしない日のことだった。いつも通りの帰宅後、誰かが家に入ってくる。その男は見上げるほどの長身で、結われた長い髪は白髪が混じりシルバーにも見えた。母はその男を私達姉妹に紹介するため連れてきたのだ。「今日からこの家に住むから。」母は説明を省き一言それだけ言った。姉のまりながどんな表情をしていたのかは気にもしていなかった為に脳裏にも浮かばないが、私と妹ゆりは興奮ぎみに「誰!?なんて呼べばいいの!?」と、男が自宅に上がることの意味を理解できずに質問責めにしていた。「んー、名前は変やしお父さんでもないからー、おっちゃんで。」男はそう言い照れ臭そうにしていた。

 運命の日は自然に日常に溶け込んでいる。その日常の中でどの日を運命の日と判断し名付けるのか?私はその日から何年もの間考えることは無かったが、大人になりつつある今は紛れもなく"おっちゃん"が家に現れた日が運命の日だと断言できる。私の運命を大きく変えたそんな出来事で、そんな一日だったのだ