2025年10月11日
うさぎのれもんちゃんが
虹の橋を渡った。
れもんちゃんは
3回家に連れて帰って看病した
特別なうさぎさんだった。
10月11日の昼前
うさぎ小屋の中に
れもんちゃんの姿がなく
「れもんちゃ〜ん!」
「れもんちゃ〜ん!」
呼びながら、木箱の下を見たり
土管の中を見てもいない。
別部屋の
集団のうさちゃんのところに
どうやって移動してるかわからないけど
最近よく
みんなのところに紛れているから
そちらを見ても
数を数えても
いつものみんなの数しかいない。。。
何かふと感じる場所に
目が引き寄せられ見ると、、、
横たわった白い姿の足が見える。
「れもんちゃん!!!」
すぐに抱き上げてあげたかったけど
この後すぐ
こども食堂があって子どもがくるから
れもんちゃんを入れる箱を
まず取りに行き
それからパイプ下にいる
れもんちゃんのそばに行き
パイプを上げ
れもんちゃんを少しひっぱりながら
引き出し顔を確認して声をかける。
「れもんちゃーん。
がんばったね。がんばったね。」
声をかけながら
何度もからだをなでた。
れもんちゃんは
最後は左の顔にコブができて
もう長くないことは
なんとなく分かっていた
そして
うさぎの中でも
一番の古株だった。
最初に家に連れて帰ったときは
オス同士のケンカで片目が怪我して
白くなっていたとき。
看病したら
白眼から普通の目に戻った。
2回目は
スナッフルでくしゃみがとまらなくなったとき。
看病したら
症状が和らいでいった。
そして3回目は
顔のコブ。
3回目のときは
歯が伸びている可能性もあったから
最後は
うさぎのみんなと一緒がいいと思ったから
メスのフィンのそばがいいと思ったから
3週間程前に
うさぎ小屋に連れてきていた。
だけどだけどだけど
夕方、顔を見に行かなかったことを
ひどく悔やむ自分がいた。
ひどく悔やんだ。
朝は手からエサをあげられたけど、
そのことを思い出せたのはまだまだ後で
記憶を遡る作業をしたときだった。
れもんちゃんを見つけてから
そして
埋めながらも
後悔しか浮かんでこない。
人間とはそういうものなのだろうか。
後悔しか浮かばないから
何度も「ごめんね」と伝えてなでる。
30分くらいしないと
いや
記憶を遡らないと
ちゃんと接してあげた記憶は
探し出せなかった。
人間ってそんなものなんだろうか。
今回のような思いはしたくない。
そう感じたから
すぐ行動したことがある。
実際には
今回、れもんちゃんとこに行く直前から
行動に起こしていた。今思えば。
シンクロは続くのか
今夜(14日)は新ドラマで
『終末のロンド』
〜もう二度と会えない、あなたへ〜
を見たり
10日夜に
財前直美さんの
「ありがとうファイル」(終活:エンディングノート)の紹介のTVを見たり
「死」
について
向き合うここ最近のわたし。
れもんちゃんのことで
記憶や想い出が
悲しみや切なさ
寂しさや後悔の感情を
湧き起こすことに気づいた。
身近な人を大切にすることも
仕事を大切にすることも
両立していくことが
わたしを大切にすることだと
しみじみ感じた。
れもんちゃんに手を合わせながら
「来世でまた逢おうね。」
と伝えると
「ぼくもたのしかったよ。」
そう
意識がふっと
わたしの頭に入ってきた。
れもんちゃんのおかげで
いろんな気づきを
もらったよ。
ありがとうね。
見守っていてね。
