先日、某◯阪市長の事が好きじゃない理由を問われたので、考えてみました。

「民意だ(俺は多数派だ)」と二言目にはソレを言う某◯阪市長。
民主主義における多数派の力というのは確かにあります。
しかし民主主義とは少数派を尊重し、話し合いで物事を解決しようという考えで、多数決は最後の「手段」でしかありません。
が、ソレをまるで黄門さまの印籠を手にしたかの様に振りかざし、
多数派にくみしない意見は聞かないと強弁する姿に唖然とします。

たとえ面倒臭くても、煩わしくても、民主主義国家の政治家は話し合いを止めてはならないと考えます。
某◯阪市長は言いました。
「もう話し合いで決めてる場合じゃない」
「今の日本の政治に必要なのは独裁だ」
呆れを通り越して恐怖すら感じます。
何だったかの助成金打ち切りの反対を訴えていた女性に
「反対したかったら、君も政治家を目指し、なりなさい」というような事を言い放つ厚顔さ。
政治家でなければ行政に意見する事も出来ないのでしょうか?

多数に選ばれた自分の意見は民意であり、反対するものは民主主義に反する悪者だと叩くやり口。
多数派の横暴は民主主義ではありません。

もう悠長にやってる時間は無い!と煽り立てて、誰かを悪者に仕立てあげソレを皆で責める。「煽動」の典型的なやり方です。

個々の政策に対しての支持・不支持はともかくとして、
全体的に私にとって(某◯阪市長は)「好きになれない粉飾政治屋」の印象なのです。

歴史を見てみます。
「話し合い」とは物事がなかなか進まず歯痒い物です。そして民衆は言います「○○に権限を与えて、一気に進めさせろ!!」と。

古くはローマ時代
元老院の話し合いが進まず、一部の人間だけが富を独占している状態にブチ切れた民衆は、
「カエサルに力を!」
そして彼は言いました、
「私は(死ぬまで国民の最高代表者である)終身独裁官になります!」

フランス革命
数百年民衆を支配し続けた王朝と貴族を倒したが、新政府の改革は思う様に進まず、ジレた民衆は、
「英雄たるナポレオンに全てやらせろ!」
そして彼は言いました、
「私は(国民の総意で選ばれた)皇帝になります!」

第二次世界大戦ドイツ
第一次世界大戦敗戦でボロボロになった国家の改革を叫ぶ男に民衆は、
「ヒトラーに権限を!」
そして彼は言いました、
「私は(内政・外交・軍事の総てを統治する)総統になります!」

某◯阪市長とその一派が彼らとまったく同じとは言いませんが、◯新の会とやらが作る社会からは、
あまり良い匂いがしてこない。むしろキナ臭いものを
歴史好きの私は感じていたりします。
■橋下予算案、自治会交付金や文化助成に大なた
(読売新聞 - 02月20日)を読んで。
金金金の橋下さんらしい。
文化的な物や芸術って「何の役に立つんですか?腹の足しになるんですか?」って言われたら、そういう言い方をする人を納得させる反論って、ちょっと難しい分野だと思う。
「豊かさ」って金だけですか?
弱いものイジメの橋下さん。
テストの点数が悪い学校を公表して晒し者にしろと言う橋下さん。
文句があるなら辞めてもらって結構。と平気な顔で言う橋下さん。
勿論、自分自身も身を削っている事は分かります。
ただお金をばら蒔くのが良くないというのも分かります。
断行しなければならない事もあるというのも分かります。
が、何だろう?この嫌悪感。
■追い越そうと接触、対向車に衝突…母子3人死亡■

というニュースを読んで。
まずは、可哀想にダウン。この事故がどうゆう状況だったか分からないのですが、私も「軽」を運転していて、国道でスムーズに60キロ前後で走っている時にバンバン抜かされます車ソレで事故に巻き込まれたら堪らないといつも思ってます。
「ちょっと足の早い車に乗っている人」は「偉い人」なんですかね?
とまあ、そんな皮肉を言う私も、ずっと30キロで走るモミジマークの軽トラックを我慢出来ずに追い抜かした事ありますけどねにひひ
武器を持ったら強くなったと錯覚する。歴史を見てもそういう例は数多と有る気がします。