出版コンシェルジュ 藤田大輔の無名の経営者を出版で成功させるブログ -2ページ目

記者稼業の原点②

 自分の母方の祖母は九州人ということもあり、九州の方は昔から好きだし、基本的に肌が合うと思っている。この同行者が祖母と同じ九州人ということも、本八幡で途中下車して、「もう一杯飲もう」と思わせた要因だったかもしれない。
 寿司屋のカウンターに座り、正面に親父さんがいて、簡単なつまみを出してくれる。あまりに久々なので、どことなくぎこちない空気の中、そこはやはり、野球の話に。この親父さん、ぼくが小学校2年から入っていた地元の少年野球チームの、かつては代表を務めていた方。代表なので、監督やコーチのような細かい指導はせず、バスを買って寄付をしてくれたり、仕事が寿司屋なので、ことあるごとに、出前とかで、子供たちの労をねぎらってくれたり、まさしく、蔭の立役者だった。この親父さんがいるとなぜか安心する。そんなチームの心の柱的な存在でもあった。加えて、練習ではバッティングピッチャーを自らかって出てくれたり、本当に腕が上がらなくなるまで、我々相手に、一生懸命、魂を込めて、必死で投げ抜いてくれていたのが、今でも鮮明によみがえる。ぼくはこの親父さんのせがれ、今店を一緒にやっているせがれとチームメイトだった仲で、今でも店にこうやって顔を出すという感じだろうか。一番は、古巣の少年野球チームの現状が気になるのもあったし、この店に集まるOB連中の消息、近況なども知りたいと思っていた。高校野球の監督をやっている人、家業を継いでいる人、会社を起こして成功している人、全く音信不通の人・・それは様々な人間模様だが、それがこの店に来る度にあれこれ分かるというのも、すごいことだなといつも思い知らされる。親父さんは現在、72歳。まだまだ、我が古巣チームへの愛情は一つも枯れていない。それどころか、かつては関東でも有数の強さを誇り、全国大会の常連だったチームがすっかり、低迷してしまったことで、孤軍奮闘、自分がやらねば誰がやるの精神で、一からテコ入れをし、また強いチームを作って、甲子園球児を送り出そうという情熱が、こちらにもヒシヒシと伝わってきて、それは実に心地が良かった。