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マシンガンのようにギターを携えて

マシンガンのようにギターを携えて

(Numeri の過去の膨大な日記よりオススメを転載)

夜のアーケード通りを歩く。全ての商店は閉店してしまい、人通りもまばらだ。前方から何人かの酔っ払いのサラリーマンが千鳥足で歩いてくるだけ。昼間の喧騒が嘘のように静かだ。

僕は夜のアーケード通りが好きだ。全ての商店がシャッターを閉め、アーケードの照明だけがクリーム色の通路を照らす。まるで昼間より少し温度が下がったかのように感じる。

一昔前ならば、こういった夜のアーケードどおりとは静かなもので、聞こえる音といったら遠い国道の車の音ぐらいのものだった。街中にありながら、驚くほどの静寂をもたらすアーケード。なのにいつまでも煌々と照らされる明り、そのアンバランスさが好きだった。

けれども、最近のアーケードは違う。なんというか、変な若者が隅っこの方に座って歌とか熱唱してる。それが一組だけではなく何組も何組も、50メートル間隔でウンコのように座って音楽を奏でている。なんていうか路上ミュージシャンってやつだね。

なんだか「ゆず」とかのニセモノみたいな2人組が、一生懸命ギターを奏でながら熱唱したりしてんの。グリャングリャンギターを奏でて歌ってるの。もう見てらんない、聴いてらんない。とか言って徹底的に近所迷惑だと叩きたい所なんですが、実はこういった活動には少しは理解があるつもりなんです。だから路上ミュージシャンは叩かない。

いやね、音楽を奏でるってのは素敵なことではないですか。自分のメッセージを、自分のソウルを音楽に込めて多くの人に聞いてもらう。いいではないですか。その辺は路上ミュージシャンも僕らテキストサイト管理人も通じるものがあるのではないかと思います。

やはり、静かなアーケードの風景が無くなってしまったのは残念ですが、是非とも路上ミュージシャンの皆様には近所迷惑にならないように頑張って欲しいものです。音楽って人の心を豊かにする素敵なものだから。

そもそもね、僕はちょっとだけギターが弾けるんですよ。なんていうか、ウクレレに毛が生えた程度ですが、弾けるんです。よくわからんけど。いやね、皆さん僕がギターを弾けるといったら意外だと思うかもしれません。僕だって意外です。何で僕はギターが弾けるんでしょうか。

高校時代、僕は近所の幼馴染の家に遊びに行ったのですよ。幼い頃から一緒に遊んでいた僕の友人。高校受験でお互いに離れ離れになってしまい、僕は市外の高校へ、彼は市内の不良高校に行くようになったのです。

その友人が通っていた高校は凄いものでした。もう、校内のガラスを割ったり、廊下をバイクで走ったり、旗を燃やしたり。まさしくスクールウォーズを地でいく学校でした。全校生徒の9割は鳥の巣みたいな頭をしてましたしね。

で、そうなると、その不良高校の近くだった友人の家は自然と溜まり場みたいになるんですよ。もうね、遊びに行くたびに不良どもが集ってて、タバコ吸ってたりするの。もうもうと部屋中が白い煙で覆われてたりする。そんな状態でした。

でも、僕はその友人がいくら不良になってしまっても、友人の家がいくら不良の溜まり場になってしまっても、やっぱ幼馴染ではないですか。昔と変わることなく遊びに行ってたのです。

そうすると、自然とヤンキーたちとも仲良くなってきます。そりゃね、ヤンキーどもの中に僕のような品のいいお坊ちゃまがいたら最初は浮いてしまいますよ。「なんだよ、アイツ」ってな感じで白い目で見られたりもします。けれどもね、やっぱ彼らはそこまで悪い人ではないんですよ。すごく根は良いやつらで、話していても楽しいんです。そのうち、僕はすっかりとその溜まり場に溜まる不良どもの一員になっていました。

その頃の不良どもの話題の中心といえば、バイクとギター。僕は高校がバイクOKなところでしたので、普通にバイクに乗っており、彼らも羨ましげに見ておりました。けれども、僕は逆に彼らが持っているギターが羨ましかった。

やっぱ楽器が弾けるって素敵ではないですか。ギターを片手に愛のメロディを奏でたりしたらイチコロではないですか。そういった理由もあって僕はギターが弾きたかった。これまでにも中学時代なんかは曲を書いたりとかはしてたんですけど、正式な形ではギターってできなかったのですよ。

それからはね、溜まり場でギターを教えてもらいましたよ。不良どもにギターを教えてもらいましたよ。譜面とかビタイチ読めないのですけど、なんていうかこういう順番で弾くんだって教えてもらいました。曲ごとに弾く順番を丸暗記するってイメージですかね。

で、何ヶ月かやってると何曲か弾けるようになったんですよ。すごく嬉しかった。やっぱり自分で音楽を、自分の指でメロディを生み出せるって素敵なことだと思う。ギターを携えた僕は無敵だった。しかし、運命とは残酷なもの、有頂天の僕に悲劇は襲いました。

ある日、いつものように溜まり場に行くと、誰もいませんでした。いつもは何人か不良どもがいてタバコを吸ってたりするのですが、見事に誰もいないのです。けれども、すでにドップリと溜まり場ライフに浸かっている僕は、何も臆することなく無人の溜まり場に上がりこみます。

見ると、部屋の片隅には不良どもが置き忘れていたギターが。忘れもしません、いつもいつも練習しているY君のギターです。Y君はとてもギターが上手なのですが、気性が荒く喧嘩っ早い性格でした。しかも空手とかやっているので始末に終えないのです。そんな最強の暴れん坊のY君ですが、いつも優しく僕にギターを教えてくれたのです。そのギターを忘れるわけがない。

僕はY君に無断でギターに触るのは悪いな、などと思ったのですが、どうしても弾いてみたかった。少しは覚え始めてきた時期です、ギターが触りたくて仕方なかった。

気づくと、僕はギターを携え、かなりのハイテンションで叫びながら覚えたての曲を弾いてました。もう、弾きながら机の上に乗ったり、本棚を蹴ったりと大暴れ。ギターを携えた僕は無敵だ。ギターはマシンガンだ!イェオェアー!!!!!

などと興奮していました。音楽を奏でるということは人の心の中の獣を解き放つのかもしれない。興奮して益々ヒートアップする僕。もうとまらない。どうにもとまらない。

いよいよ曲が終盤に差し掛かり、最高のクライマックスを迎える。僕はもうトランス状態になり、渾身の力で最後の音を奏でた。力いっぱいギターの弦を弾いたのです。その瞬間でした。

ブチブチブチブチブチブチブチ

いやね、ギターの弦が全部切れやがるの。物凄い勢いで切れるの。なんかね、興奮しすぎて力を込めすぎちゃったみたい。なんかビローンビローンと弦が踊ってるの。もうね、血の気が引いたね、真っ青になるのがわかった。

ギターをこよなく愛し、喧嘩っぱやい空手の達人Y君のギターを勝手に触って、一本ならまだしも全部の弦を千切ったのだからね。殺されても可笑しくない。修羅のように怒り狂ったY君にギターでボッコボコに殴られて、ケツからギターとか差し込まれても可笑しくない。

情けない話、足とかガクガク震えちゃってさ。どうしようかと思ったよ。なんとか見た目だけでも取り繕おうと、戸棚の中にあった糸とかを弦のように張ってみるんだけど、見るからに可笑しいんだよね。赤い糸だったし。ギターに赤い木綿の糸だなんてアホか。

で、なんとか釣り糸を見つけたんで、同じように張ってみたんですよ。そしたらまずまず見た目はギターっぽくなったんだけど、全然音かでないの。ほんと、泣きながら代わりの品を探したんだけどダメだった。

そしたらさ、Y君がやってきたんだよ。ギターを忘れたからって取りに来たんだよ。もうね殺されることも覚悟した。怒りのアフガンとなったY君に殺されてもいいって思った。僕はもうまな板の上の鯉。好きにして!って感じだった。

で、正直にY君に話するんだけど、

「なんだよ、切っちゃったの?まあいいや」

とか笑顔で言うんですよ。全然怒らないんです。弦の変わりに釣り糸が張ってある自分のギターを見ても怒らないんですよ。それどころか

「丁度いい機会だし、弦の張り方とチューニング教えてやるよ」

とか言って、ポケットから新しい弦を出してきて、教えてくれるんですよ。もうビックリだよね。

喧嘩っ早いって言われて修羅のように恐れられてるY君が菩薩のような顔して弦を張り替えてるの。

たぶんね、彼はホントに短気で喧嘩っ早いんだろうけど、音楽に対してはすごく真摯なの。すごく真剣に取り組んでるから、ギターを覚えようとしている僕にとても優しかったのだと思う。

やっぱね、音楽って素敵だと思う。本当本当に聴く人だけでなく、奏でる本人まで心が癒される、そんな素敵なものなんだって思う。あんな暴れん坊なY君まで菩薩になるんだから素敵なもんだよ。やっぱいいよね、音楽って。

だから、路上ミュージシャンの人たちも、人を癒しつつ自分も癒されればいいと思う。癒しのない音楽は意味がないんだから、近所迷惑になるような場所でさえやらなければいいのではないでしょうか、ということです。

ちなみに、僕はもうギターなんて忘れちゃったのでビタイチ弾けません。もっぱら聴く方で癒されたりしてます。

(Numeri より転載)

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